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本音の暮


は、と漏れた自分の息は思ったよりも部屋に響き、自嘲する気持ちが混ざっていた。


隠せていないのに、事実を口にしようとしない私はどれだけ滑稽に見えたことだろう。問われたことに対して曖昧に答え、自分の感情を濁し、なるべくアルジェント個人に心を傾けないようにと努めてきたというのに。


気を落ち着けるために茶を口に含み、最近手に入れたらしい父お気に入りの甘めなその茶が喉を通るのを感じながら呼吸を深くする。




「…私のことなど、どうでもいいのです。」


「そう?俺にはリリルフィアがアルジェントの顔を見たくないように感じるよ。」


「それは…」




否定の言葉を続けることはできなかった。


アルジェントを悩ませたくないから、危険な場所へ行く前に余計な感情を持たせたくないから、兵である彼にその領分を超えた仕事は不要に思ったから。その全ては私の考えであって、そこにアルジェントの意思は含まれていない。


自分でも、分かっている。




「アルジェントが拒否を見せない限り、俺は彼を召集の日まで側に置くつもりだった。けれどリリルフィアが言うなら、リリルフィアと一緒にいるときはアルジェントには護衛を外れてもらおうか?」




私の意志に沿うという父の言葉に、膝上でドレスを握る。


そうしてくださいと、言えばいいだけなのに口は言葉を紡げない。ここに来る前にアルジェントが最後に見せた表情が頭から離れず、私が父に求めていることが最善であるのかが分からなくなってくる。


思考を巡らせる私を前に、父は一度息を吐くとソファに体を預けて天井を見た。




「どうしてここで、“父様の意地悪”とか思わないのかなあ。そう思わない?リオン。」


「ご自覚はあったのですね。今の叔父上はなかなかに意地が悪いですよ。」


「…リオンに言われてもねえ。」




なんのことだと二人に視線で説明を求めれば、肩を竦めて私と父を見たリオンはカップを持ち上げながら言葉を紡いだ。




「リリー、叔父上に“私にばかり決めさせるな”くらい言ってもいいんだぞ。最近叔父上はお前に意見を求めることが多すぎる。」


「それは、私の意志を尊重してくださっているからで…」


「聞こえは良いがな。叔父上はお前に嫌われたくないだけだ。なのに今は反論を待っているという我儘ぶり…叔父上、大人気ないです。」


「リリルフィアがいい子だからね。」




軽い口調の父にリオンは深く息を吐いて席を立つ。


向かいに座る私の隣に腰を下ろすと私の頭に手を添えて、自身の肩辺りによりかかるように促された。撫でられる心地よさに眠気を誘われながら、リオンの声に耳を傾ける。




「分からないと匙を投げても良いということだ。感情のままに動くことがリリーは下手だから、悩んでしまって眠れないのではと私は思うぞ。」




眠れないことに気づいていたのかということよりも、私が感情のままに動くことが下手ということが引っかかる。


だって、私は我儘な方だと思う。アルジェントがハルバーティア伯爵家にいる事自体、私の願いを父が聞いてくれた結果だ。それが今は距離を置いたほうがいいのではと提案しているのだから、私はリオンが言うほど理性的ではない。


首を横に振ったけれど、リオンの肩に頭を擦り付けるようになってしまった。しかし彼はきちんと私の否定を汲んでくれて、ふ、と笑った。




「分かっていないな。お前は自分の意見を押し通していいと言っているんだ。それが叔父上の幸せで、叔父上が幸せであることはお前も嬉しいだろう?例えばお前が、まだまだ…もっともっと先だが、好いた相手と一緒になることも父は身分関係なく許すだろう。」




リオンの言いたいことはわかった。


私の幸せが父の幸せ。駄目なことは止めるけれど、私はまだその範疇に至っていない、ということらしい。とても嫌そうに例えを上げたのも、私がアルジェントをどう思っているかという点について触れてのものだろう。




「だから隠さなくていい。何でも言っていい。余計なことは考えなくてもいい…と言いたいところだがリリーにそれは無理なようだから、考えていることも言ってくれ。一緒に考えるから。」




髪を梳くように滑るリオンの指先が、私の心も解すようだった。




「…許されたとしても、この思いは叶えてはいけないものですわ。私は、ハルバーティア伯爵家として、然るべき相手と共にならなければ…」




考えまでも言うのは少し嫌だな、と思っているのに、どうしてか口を開いて紡いでしまう。


ふわふわとした感覚に包まれながら、私は更に言葉を続ける。




「隠さなきゃ。溢れてしまえば、私はどうしたらいいのか分からなくなりますの。だって、ティサーナ様が彼を慕っているのに、それは叶わぬものだと知っているのに、私がこの思いをかれに、つたえるなんて…」




願わくば、誰もが笑顔で在れる選択を。


その最善が自分の感情を仕舞い込んで叶うのならば、私はそれでいいと思っている。締め付けられるような辛い感情も、痛みで歪みそうになる表情だって、隠して送り出せる。


そう自分に言い聞かせて隠していないと、アルジェントのことを思ってと言い訳して彼と距離を取らないと、私は泣いてしまいそうだから。


リオンの手が遠ざかる気がしたのと同時に、沈むように体から力が抜けていく。




「お前の気持ちは分かった。今はお休み、リリー。」




そんなリオンの声が、何処か悲しげに聞こえた気がした。



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