茶は語
父の心配に肯定も否定も言葉にせず、下手な笑顔を浮かべることしか出来なかった。
隠せることなら父にも知られたくなかったのは私の本音であり、父もそれを分かっているかのように、然りげ無く私が休めるよう人払いや居心地の良いサンルームで、今日のようなティータイムの時間を作ってくれているのだろう。
「リリルフィア、伯爵の手を借りてでもきちんと休んでちょうだい…貴女が元気でなかったらハルバーティア伯爵家は終わりよ。」
今まで私に愛情と権力を尽くしてくれている父を前に、大袈裟だとは言えなかった。メイベルの言葉に黙って頷く私に、「冗談ではないわよ?」と彼女は念を押して、体を休めることを約束させると、丁度アルジェントが茶の用意がされたワゴンを押して戻ってきた。
そこで一旦会話が途切れ、ガーライル親子に茶が饗される。菓子も追加されて、それに目を輝かせたメイベルを眺めて癒やされていると、ガーライル伯爵が私へ顔を向けて目を伏せた。
「いつものことだと先触れもなく、こうして突然訪問したのは間が悪かったようだな。」
「いいえガーライル伯爵、私はお二人と話ができて嬉しいのです。デビュタントから伯爵は勿論、メイベルも多忙でしたでしょうから。」
忙しいこと以外にも、第三王女であるレイリアーネへ未遂であったが危害を加えられたことで、王族やデビュタントへ出席していた者たちには十分な安全の確保が必要とされているのだ。
こうして顔を合わせられることが出来ているだけでも、私は嬉しく思っている。
私の言葉を受けて、ガーライル伯爵は一度メイベルを見てから「理解してくれるのはありがたい。」と声色を明るくさせた。そしてカップへ口をつけて一度会話を切ると、ソーサーへカップを戻して改まったように姿勢を正す。
「今日ここへ来たのは、我が家のことをリリルフィア嬢へ話しておこうと思ったからだ。」
ガーライル伯爵家のこと。
メイベルが緊張した面持ちになったことで、その内容は察せられる。メイベルの事情であると認識していたことをガーライル伯爵が口にしようとしている、そこで思い出されたのはメイベルが以前微睡んでいた際に口にした言葉たちだった。
『見せてはいけないと、言われているの。リリルフィアには。リリルフィアに隠し事、してるのよ。』
『私が苦しくないように、パパは約束を作ってくれたの…でもね。リリルフィアなら、きっと』
あのときメイベルが話せないと口にした事を、聞くことができる。
姿勢を正して、私はガーライル伯爵に頷いた。聞く体勢となった私にまず告げられたのは、ガーライル伯爵家が王家へ忠誠を誓ってきた歴史について。
「剣となり、盾となったパレッツェ家の中でも、爵位を有することとなったきっかけのは何代か前の国王を、その身を犠牲にして護った我が家の先祖の勇姿からだったらしい。死した当時のパレッツェ家の者を悼んだ当時の王から、我が家は爵位を賜った。」
家を象徴する意匠に使用された忠誠を誓うアイビー、そして奮うためにある剣。その意匠を背負うガーライル伯爵家の者たちについて語るガーライル伯爵は、それはそれは誇らしげで。しかし話の本題は、残念ながらこの先なのだ。
「我が家は爵位を賜る前から王家へ忠誠を誓っている。勿論、その忠誠心は個々の者たちによって異なるが、重要なのは我が家の忠誠心に性差は全く無いということだ。王だから護るわけではなく、女だからと剣を折ることを強いることもしていない。それが、当代には都合が良かった。」
ガーライル伯爵のその言葉に、視界に入ったメイベルはドレスを手で握って俯いていた。
話を聞く前から私が彼女へ送る言葉は決まっていて、ガーライル伯爵から少しずつ少しずつ打ち明けられる情報たちを聞いても、その言葉を変えようとは思っていない。何より私は、聞くよりも先にこの目で彼女の秘密を見たのだ。
そんなに不安がらないでほしい、と私はメイベルへ今すぐ言葉をかけたいと思いつつ、全てを聞くことのできる今、この機会を逃すべきではないとガーライル伯爵の話を聞いていた。
「王位を継承するのは原則的には男児。歴史的に女性が王位についたこともあるが、その例全てが早くに王が崩御した穴埋めや名だけで伴侶の補佐となったものばかり。第一王女殿下のように、長子として王位を継承する例は今までに無い。お守りする方法も、今までと同じでは十全な行動は叶わないと判断した。」
ガーライル伯爵の言葉は、長きに渡り王族を守護してきたパレッツェ家の言葉だった。私が知らない、父の友人であるガーライル伯爵とは違うその一面は、デビュタントで見たメイベルにも垣間見えた一面だった。
大切な存在を守り抜くと、覚悟を決めている顔。
「表立って護衛を置けない場や男では入ることの難しい場で、メイベルは王女殿下の護衛をしているのだ。一部の間でガーライル伯爵家の子女であることも知られてはいるからな、いつの間にか“茨”などと言われている。」
その言葉で、予想でしか繋げられていなかった情報たちが確固たるものとして組み上げられていった。違和感や疑問は数度の季節を巡り、漸く薔薇姫の茨としてのメイベルを知ることができたのだ。
そこに彼女への悪感情は全く無く、あるのは彼女が抱いているように見える罪悪感や不安をいち早く取り除いて、私の好きな彼女の笑顔を見せてほしいということだけだった。




