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黄の紐


「うわあ…そんなに短くするとは思わなかった!!」


「僕も迷いましたけど…やるならこれくらいは、と思って。」




普段は遠慮しがちな彼の、この思い切りの良さは

一体どこから来るのだろう。考えてみれば初対面から、何かとアルジェントは肝の座った言動をしていたな。


慌てながら、怖がりながら、一度は王女に知らずとはいえ叱責までしているのを思い出し、今はそんな場合ではないと首を振って考えを中断する。




「事情は聞いたけれど、ネルヴに相談してからでも良かったのではなくて?」




兄に会いに行ったら、兄弟の証明である髪をバッサリと切った姿を目撃したとなれば、ショックを受けるのも仕方がない。扉の前から移動するように手で示しつつ問いかけた私に、一度ネルヴへ目を向けた彼はこちらへ歩み寄りながら眉を垂らした。




「兄として出来ることがこれくらいした思い浮かばなくて。言ったら反対されると思ったので。」


「あたっ…!!」




ネルヴが何か言いかけて、目上の相手とこ会話を遮ることは良くないと思いだしたのか、中途半端に言葉を切って口を噤む。兄弟同士の会話を私の目の前で繰り広げて貰ってもいいのだけれど、リンダが目を細めてアルジェントとネルヴを見ているので、取り敢えず私は仲裁する形で傍観させてもらおうとネルヴを手招いた。




「ネルヴ、アルジェントも、一緒にお茶にしましょう?ラングも、今日は休みになったことだし。」




私の誘いに困ったような表情を見せたのはアルジェントとネルヴ。ラングはパッと表情を明るくして「はーい!」と私の対面に腰掛けた。


無邪気な様子のラングに、リンダは頭痛を耐えるような仕草を見せてからネルヴと場所を代わった。それは暗に私の誘いを肯定しているということで、ネルヴはアルジェントと目を合わせるとおずおずとラングの両脇に座る。


私一人に対して対面のソファは殿方三人と随分窮屈そうに見えるけれど、隣に誰か座ればと示しても三人は首を横に振るのだから、好きなようにさせておくのが良いだろう。




「そうだわアルジェント、聞いてもいいかしら。」


「はい…何でしょう?」




姿勢良くこちらに視線を向ける彼に、私はラングから聞いた事情を頭で反芻する。彼が髪を切ることにした、その理由は彼らしいといえばらしいものだった。しかし、他にも手がないわけではなかったろうにとも思うのだ。




「ネルヴが“自分のせい”って言っているのよ。だから貴方の口から何故髪を切ったのか教えてほしくて。」




私の言葉に、ラングの隣に座る弟を一度見たアルジェント。しかし気まずさからか彼はラングの影に隠れてしまっているようだった。やはりネルヴが見えなかったらしいアルジェントは私に視線を戻して、自身の考えを口にしてくれる。




「ラングさんから、売ればお金になるって教えてもらったんです。兵役するとなれば僕の髪は邪魔にしかなりませんから、それならいっそ切って、僕がいない間ネルヴが困らないようにと。」




ネルヴの表情が、勢いよく扉から入ってきたときのものに戻ってしまった。大切に感じていた兄の髪が、自分を理由に切られてしまえば、そんな表情をしたくなるのだろう。


互いを大切に思うからこそ噛み合わない兄弟に、私は次にネルヴへ声をかけた。




「アルジェントはこう言っているけれど。ネルヴ、貴方にはアルジェントに髪を切ってほしくない理由があるのでしょう?」




コクリとネルヴは頷いた。彼自身は耳辺りで短く切りそろえているのだから、アルジェントには切るなと言うには理由があるのだと思ったのだ。アルジェントはもう一度ラング越しにネルヴを見ようとして、次はネルヴもアルジェントを見ていた。


中心に座ってしまっているラングは、少し身体をソファに押し付ける形で彼らが視線を交わすことに協力している。それがなんだか可笑しくて、場の雰囲気を壊してしまわないよう、私は茶を飲む時にカップで口元を隠しながら密かに笑った。




「だって…だって兄さん、髪がすごく大事なんだなって思って。前はそんなことなかったのに…リリルフィア様に似合うって言われてからなんでしょ?」




ネルヴの言葉に返しはなかったけれど、アルジェントの方からゴクンとやけに大きく茶を飲む音が聞こえた。


それは動揺をとてもハッキリと表していて。ネルヴとアルジェントを見比べて、私はそんなこと言ったかしらと記憶を手繰る。


拾って間もない頃、言ったかもしれない。その程度の記憶しかないことが申し訳無く思えて、私はアルジェントへ目を向けた。ネルヴに秘密を暴露された恥ずかしさからか顔を赤くしたアルジェントと目が合い、なんだかこちらまで気恥ずかしくなってしまう。




「ええと…切ってしまったのなら、もうそう思っていないってことなの、かしら?」




赤くなった顔を見て、ネルヴの言葉が正しいと分かっているのに私は誤魔化すように口を開いた。しかしアルジェントから「そんなことないです!!」と強い否定をされてしまっては、もう言葉を返せなくなる。


自分の記憶にない言葉が、アルジェントの三年間を動かしていた。たとえそれが髪などの容姿であっても、記憶にないという申し訳無さと私の言葉を大切にしてくれている嬉しさが湧く。


もう髪が短くて使えない紐を持ってくれているだけで、彼が私の言葉や贈り物を大切にしてくれていることがわかる。それだけで十分なのに。



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