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橙の癖


日が昇り何時も通りの朝食を終えてから、父は使用人や兵たちを集めて開戦の兆しと召集についてを話した。動揺するだろうことは覚悟の上で、“穣喚の儀”で結果を出したラングとアルジェントの出陣、そして我が家から私兵の一部を武力として提供することを包み隠さず。


ハルバーティア伯爵家の私兵は、私や父、そしてリオンの護衛として国が提示した条件から外れる者を優先的に、最低限の数を残して大半を提供することが決まっている。




「…静かになるなあ。」




そう何とも言えないような表情で呟いたのはジルだった。馭者であり馬の管理をしている彼と兵たちは護衛の関係上連絡を密に取り合っているので、特にそう感じるのだろう。誰も父に異を唱えることはなかったけれど、皆の心内が暗いものになったのはよく伝わった。




「ネルヴ、アルジェントは部屋に居ると思うわ。」




父からの話が終わり、使用人が各々持ち場に戻ろうとしている中で、ネルヴに声をかけた。


夜明け前に見たアルジェントと同じように瞳を揺らめかせていたネルヴは私に焦点を合わせると、ゆっくりと首を横に振る。そしてポツリと「いえ、俺は仕事が…」と何処か言い聞かせるような言葉を紡いだ。


父の言うところの準備期間という名の一月の猶予。それは令状を受け取った者が覚悟を決めるための時間であり、周囲の人間がその者を送り出すための時間。


一月が多いか足りないかなど私には分からない。ただ言えるのは、国の状況が変わらない限りその一月後は確実にやってくるのだということ。




「様子を見てきて頂戴。場合によってはネルヴも今日はお休みで、良いわよね?」




視線を父の側に控えていたジャニアへ向ければ、頷きの了承を得ることができた。なので再びネルヴへ視線を戻すと、一連の動きを見ていただろうネルヴは頭を下げて「ご配慮、ありがとうございます!」と感謝を口にして使用人の部屋がある場所へ向かっていった。


以前は同室だった時もあった彼らも、アルジェントがガーライル伯爵家で剣を学んでいる間に部屋を別にしている。何時でも会えるかもしれないけれど、それは片方が会いたくないと思ってしまえば途端に困難になるだろう。




「…リンダ、なにか言いたいことでも?」




ネルヴの背を見送って自室へ戻ろうと身体を動かせば、生温い視線をリンダから感じた。笑いこそしないけれど、眦を緩めて見つめてくる彼女に私は声をかけながら目的の自室を目指して足を進める。


後ろから着いてきたリンダは「何もございません。」と、先ほどの表情を見てしまっては説得力の無い言葉を歩く私の背に投げかけた。


長く仕えてくれている彼女だ。私のことなどお見通しなように、私もリンダのことはある程度分かる。




「ネルヴは休みを取ることが少ないから、たまにはいいと思っただけよ。」


「はい、承知いたしております。」




深まる彼女の笑みに、これ以上言い訳を並べても私の言葉がリンダの中で“善行”であることに変わらないのを察した。


そのまま部屋へ向かえば、扉の前には今朝別れたばかりのラングの姿が。




「今日はお休みになったでしょう?」


「その、落ち着かなくて…」




眉を垂らす彼に、彼と交代した護衛が呆れたと言わんばかりの息を吐いたのが背から感じられた。何時も賑やかで護衛らしくないことだってあるのに、護衛の仕事を取り上げられて居心地悪そうな彼。


リンダと同じく、いや更に長い時間関わってきたラングの心は分かりやすいもので、私はリンダによって開かれた扉を前にラングの腕を引いて部屋へ足を踏み入れた。




「アルジェントと一緒だったのでしょう?ネルヴが来たから気を遣って席を外したけれど、部屋に帰るのもどうかと思ってここに来た。…で、合っている?」


「うわあ…!!どうして分かったんですか!?」




付き合いの長い私でなくとも、今のラングの考えは読めただろう。その証拠にリンダも代わりの護衛も、残念な子を見る眼差しをラングへ向けているではないか。


その視線に気が付かないラングは、私に「ねえリリ様!どうして分かったんですか?」と私をソファへ導きながら問いかける。非番になったのだから、と私の隣を叩いて座るよう示せば、一瞬ラングは私の隣に座ろうとしてから慌てたように対面へ腰を下ろした。




「教えて下さいよリリ様!!」


「簡単なことよ。貴方が今私の隣に座らなかった理由と同じ。慣れた相手の行動が想像できた、それだけ。」




父を警戒して、リンダを警戒して、私の隣に座らなかったラング。私の言葉に考える素振りを見せた彼は、ぽんと手を打って納得した様子だった。




「なるほど!!」


「…それよりも、アルジェントの様子を教えてほしいの。」


「え?…あー…」




私の問いかけに頭を掻いて目を逸らすラングのそれは、後ろめたさや気まずさ、言う言うまいか迷ったときのもので。


何があったのか、と私は身構えた。


しかしラングから言葉を聞く前に部屋の扉からこちらへ駆ける足音がし、直後に無礼にも扉がいきなり開かれる。




「大変です!!兄さんが!!」



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