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アフター


荘厳な室内で一枚の手紙を手にする一国の主であり自分の頼れる兄でもあるこの人でも、こんな顔をするのだなと思った。


迷う態度を周囲に見せず、弟の前では強い印象が多い兄王。そんな人が眉を垂らして自嘲とも安堵とも見える複雑な表情を浮かべている。




「陛下、内容をお聞きしても?」




兄が手にしている手紙はハルバーティア伯爵家から送られてきたもの。自分の手にも手紙はあるが、返事は報告に対する了解の意だけで、特に注視する内容も無い。


確か兄はリリルフィアに対して兵役を免れる方法を教えるためにペンを手にしたと記憶している。どんな内容の手紙であっても最低一人は内容を検める必要がある。これは王自身が不義密通の疑いを持たれないためであり、王としての威厳をいつ何時であっても保つため。


私的な手紙であっても、兄は自ら手紙を補佐を務めている者に読ませていた。それを今回、珍しく俺に渡してきたのだ。




『贔屓をしている自覚があるからな。他の者では何を言われるか…』




弱く笑みを見せた兄の気持ちも、手紙を読めば少し垣間見ることができた。


兵役を一人だけであれば免れることができるという方法を綴ったその手紙。宛てているのは伯爵にだが、主旨はその娘に対するもので。十三になった彼女が周囲の同じ歳の者より一足先にデビュタントを終えたのが一週間前。


レイリアーネも“茨”もそうだが、彼女たちはまだ十五にも満たないのだ。彼女たちには刺激が強かったであろう、レイリアーネの暗殺を企てる襲撃。それでも彼女たちは、俺や兄の前で泣き言を言うこともせず襲撃の理由やこれから起きること、大人でも話に着いてくることが難しい場合もある会話をしっかり聞いていた。


自分たちは、それに甘えてしまった。臣下として兵を提供することは義務に近く、これを免れることは王からの信頼に関わることだと周囲は認識し、身の保身に走る者たちも自身のことを棚に上げて武家や有力貴族の動向を監視する。レイリアーネが危険な目に遭った直後、伯爵家のみを呼び出し王や伯爵たちは親しげな雰囲気を出していた。そんな場でガーライル伯爵が私兵を動かすことを戸惑い一つなく言ったのだ。


断る選択肢など無くなってしまったあの状況で、兄はリリルフィアの心を案じたのだろう。せめて一人だけでもと書かれた手紙に、伯爵や彼女はどう答えたのか。




「…余計なお世話だったようだ。ギルやレイリアーネが気に入る娘なだけある。」




政務を熟すための机に上向きで乗せられた便箋は、俺に読んでも良いと示していた。


それを手に取り、兄の名前が綴られて始まる手紙を読む。定形から始まり、兄の手紙の返事と思われる文章が続いて、中程で【ご提案ですが、】と手指に触れた。




【我が娘の覚悟は堅く、その瞳は国の安寧を見ているようです。親の私も願いを叶えさせてくれぬほどに、あの子は自らの意思よりも我々を優先する。】




“我々”が誰を指しているのかは疑問に思うまでもない。


彼女の人柄に集まった者たち、彼女がいつか『守りたい』と願った者たち、それは兄の提案した“一人だけ”では当然収まるはずもない。




【娘と婚約する者は、依然として私に委ねられているようです。】




リリルフィアは、存外欲張りだなと関わるたびに思う。それが余計な葛藤を抱える原因だと知りながら、彼女は多くのものを捨てきれない。


そんな甘さが、優しさが、愚かで幼くも美しい。




「ギルとは年の頃も丁度いいんじゃないか?」


「はは、御冗談を。」




唐突に振られた話を軽く笑い飛ばして手紙を読み進めるも、後に続いていたのは当たり障りのない締めくくりで。手紙を閉じて兄を見れば、その瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。




「もう娘たちは立派に育ち、民の声は第一王女を国の主として望んでいるほどだ。お前が誰と結ばれようが、邪魔をする者も少ないだろう?」


「だからといって、ハルバーティア伯爵令嬢を望むことはありませんよ。彼女には、大切な“一人”が既にいるでしょうから。」




ハッキリとは言われていない。


けれど、彼女の博愛とは違う瞳がただ一人に向けられているのではと思うほどに、彼女の中で友人や家族の線がとても濃く引かれているように思えた。


パルケット公爵家の子息に対して友人以外の感情をリリルフィアからは感じられなかった、というのも理由の一つだ。相手に思わせぶりな態度を取るわけでもなく、友人としての線を越えさせないという薄い壁があるような。あれは恋というもの知らない少女が持つ雰囲気ではない。


きっと兄も、リリルフィアに想い人がいるのではと感じて手紙を送ったに違いない。それなのに、俺にどうしろと。


感情が顔に出ていたのか、兄は手を軽く振って「言いたいことは分かった。」と口にすると両手を組んで俯いた。




「しかし叶わぬものであるからこそ、諦めが早いのやもしれぬだろう?他者を優先するということは、身分や相手の感情や周りの影響、それらを気にする令嬢だと言うことでもあるからな。」




そうとも言える。


しかし、彼女はそれらを気にして迷うような者でもない。


口を開こうとすれば、コンコンコンコンコンコンコンコン、と無作法極まりない回数扉が叩かれ、返事をする前にレイリアーネが入ってきた。




「叔父上とリリルフィアが婚約ですか!?」


「非常識が過ぎるぞレイリアーネ。入室の作法もだが、盗み聞きなんて。」




王女としての振る舞いどころか、他者の会話を盗み聞くなんて間諜でもあるまいし、人として問題があるだろう。


兄も呆れたと言わんばかりの表情でレイリアーネを見ている。親子としての関わりが少ない兄だが、王女たちの様子を俺に聞くほどには彼女たちを親として気にしているのだ。こんな姿を見られて、娘としてレイリアーネは恥ずかしくないのだろうか。


兄や俺の視線も気にすることなく、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


その後ろから顔色悪く着いてくるのは、彼女の護衛兼補佐という名目のお目付け役を任せているミカルドだ。止めることはしただろうが、我が姪は聞かなかったのだろう。


リリルフィアや他の子息子女と関わることが増え、成長したと思っていたのだが、まだまだのようだ。




「今はそれどころではありませんわ!陛下も叔父上も、答えてくださいまし!誰が、誰と婚約ですって!?」


「陛下の戯れな上に俺もその気は無い。」




聞くのなら全部聞いてくれ、と思いはしたが無作法を容認することになるので口にはしなかった。


レイリアーネは俺の言葉に明らかに安堵の表情を見せ、思わずと言ったように言葉を零す。




「そう、ですか。ならまだ、彼とは可能性が…」


「お、やっぱりリリルフィアには好きなやつがいるんだな?」




ハッとしたようにこちらを向き、レイリアーネは「…直接聞いてはおりませんわ。」と首を横に振る。それでも兄や俺も想い人がいることを予想していたのだ。それだけ彼女は周りにわかりやすいということではないだろうか。


レイリアーネなら分かっているかもしれないと思い、俺は自分の予想を口にする。




「あの騎士と、もうそういう仲だと思うか?」


「…は?」




俺の問いかけにレイリアーネは瞬きを繰り返して首を傾げた。まだ誰かまでは分からなかったということか?だが、今さっきレイリアーネは“彼”と口にしていなかったか。




「やはりギルもそう思ったのだな。」


「陛下もですか。」


「え?え…?騎士?」




リリルフィアの側に騎士は一人しかいないだろう。


オレンジ色の髪で若くして一代子爵を陛下から賜った彼の名を口にすれば、レイリアーネはポトリと落ちてしまいそうなくらい目を見開いた。




「違いますわ!!!!」




間違いを正され、レイリアーネから自身の礼儀に欠いた行動を棚に上げて「信じられませんわ!!」と見る目の無さを嘆かれた。


レイリアーネの言うリリルフィアの想い人らしき者を俺や兄は見たことがないことに気付き、何とも言えない息を二人して吐くのは、レイリアーネからやけに熱の籠もった“少女の恋とはなんたるか”を懇懇と聞かされた後だった。


当然、婚約の話は塵一つも残らず忘れ去られた。



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