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睦の始り


「リンダ、コニスを下がらせて事情を聞いておいてくれませんか。代わりにネルヴを旦那様の執務室に呼んでください。」


「かしこまりました。コニス、こちらへ。」




自身の指示によるコニスの反応が予想外だったためか、ジャニアは私達の後ろを追従していたリンダにコニスを任せた。


普段私の世話の合間に指導を担っているリンダが呼ぶと、緊張した面持ながら素直にリンダへ駆け寄るコニス。二人を見送ってからジャニアは懐中時計で時間を確認し「今度こそ、参りましょう。」と先を急いだ。







父の執務室に着くと、扉の前にはアルジェントが立っていた。通常は室内で待機している彼が何故ここにと首を傾げるも、アルジェントが私達を見て安堵の表情を見せたことから遅かった私達を心配してのことだと察する。


ジャニアの「遅れました。」という簡潔な言葉に頷いて、彼は扉を叩いて室内へ私達の到着を伝えた。すぐさま父の声で入室の許可が降り、アルジェントによって開かれた扉から執務室へ入れば、一番に見えたのは眉を垂らして困ったような表情の父。




「遅れて申し訳ございません。」


「道中に少々ありまして。」




私の謝罪に続いてジャニアが先程の出来事を報告する。簡潔に「誰にも怪我がないのなら良かった。」と笑顔を見せた父だったけれどすぐに私はソファへ座るよう促し、自身も執務机から立った。


父の手には手紙があり、それは目の覚めるような青色。使われた封蝋は濃い青と、既視感のある色合いに私は身構える。




「南の国の王族からの謝罪だよ。」




手渡された青い封筒から、これまた薄い青の便箋を取り出す。我が国で一般的に流通している便箋よりも薄くなめらかなそれは、前の生の私が知っているものにより近いもの。


内心で細やかな感動に震えつつ、綴られた異国の文字を読み進める。父の言うとおり、それは我が家の騎士に身勝手な物言いをしたことと、私へ二国間の隔たりを考えずに無礼を働いたことへの謝罪だった。


件の令嬢を庇うわけでもなく自国の責を免れようとするでもない内容に、濃い青を纏った第四王子が令嬢の手を顔に受けたことを思い出す。


あの行動から彼や国の意向を既に周知出来ていたというのに、こうして直接手紙で謝罪を受けるとは。




「被害…いえ、令嬢の突然の求婚に驚いたとはいえ我が家は隣国の貴族。夜会でギルトラウ様に謝罪しておられた、あの時で誠意は伝わっておりましたのに。」


「本人は『後ほど謝罪を』と言っていたからね。もしかすると、こうして手紙で終わらせてしまうことも彼にとっては不本意かもしれない。」




それだけ、我が国を重要視しているということ。他国の交渉が決裂した上に、レイリアーネの暗殺が企てられたことを考えると、南の国は全面的に我が国を支援する風向きとなっていることが分かった。


まだ続く手紙を読むと、後半は予想外の襲撃によって終わってしまったデビュタントについてが綴られていた。佳き日で終わらなかったことを残念に思っているといった文章は、代筆であれ本人の直筆であれ眉を垂らした姿が思い浮かぶようだった。




「他国の祝い事へここまで心を砕いてくださるなんて。」


「そう思うのはちょっと待ったほうがいいよ?二枚目、二枚目。」




一枚目を読み終えての感想は父に苦笑いで遮られる。示される通り二枚目へ目を移せば、残念だという気持ちの表れがもう少し続いていた。




【白き装いの方々をずっとこの目で見ていたい気持ちがあったというのに、それが叶わなくなりとても胸が苦しくあります。ハルバーティア伯爵とご令嬢へ向けるものではありませんが、本当にあのひと時が戻るまで続いていなかったことを襲撃者に恨むほど。そうでなくとも王女を害そうとした者たちへは然るべき制裁を私自ら手に掛けたいほどであることを、ここだけの気持ちとして吐露しましょう。ハルバーティア伯爵家は私と同じ気持ちであると信じておりますので。ご令嬢の勇姿を耳にしたときには、何故自分がその場にいなかったのかと思うほどに。】




南の国の王子としての言葉から、少々自身の心が滲み始めているように感じる。


薄く感じる予感に手紙から一度父へ視線を向ければ、言葉ではなく笑顔だけが返された。




【女神、そう、白い女神たちが危険な場に身を置いてしまったことが悲しくてなりません。この身一つで動くことができるのであれば、私は貴方方の国へ全力を以て力をお貸しすると宣言するのに。これほどまでに自分の地位が煩わしく、同時に必要だと感じたことはありません。どうかレイリアーネ様のお心が安らかであるよう、支えて差し上げてください。】


「もう、名指ししておられますね。」


「隠そうとして、隠せていないよね。」




何が言いたかったのか、謝罪と共に綴られた熱烈な文章はつまり“レイリアーネによろしく”ということだろう。


濃い青を纏ったあの青年が、第一印象とはかけ離れた一面を持っていることはよく分かった。




「…これは、密書の類ですか?」


「王弟殿下からの手紙によると、正式な謝罪文だそうだよ。」




これが。


そう言わずとも顔に出ていたらしい。


父はもう一つ手紙を持っていて、その封蝋は我が国の王家のもの。南の国の王子が直接自国の貴族と手紙を交わすことは、不義密通の疑いを持たれるからだろう。ギルトラウが王子から手紙を受け取り、国を通じた正式なものとして処理したようだ。


これを。




「…そちらには、どのように書かれているのですか?」




国を通じての手紙は全て精査されるので、ギルトラウは目を通しているはず。父の持つ手紙へ視線を送ると、父はアッサリ手紙を渡してくれた。


馴染みはあるが私が普段遣いするには高級すぎる便箋には、メモか何かかと疑いたくなるほど簡潔に一言だけ書いてあった。南の国の王子と同じ便箋の大きさで、だ。




【まあ、そういうことだ。】




頭を抱えるギルトラウの姿が、容易に想像できた。



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