意を汲み
「大変だった、なんて言葉は生温いか…」
「いえ、そのようなことは。この件に関しては全て、王家へ委ねられたそうですので。私がこれ以上なにか言えるものでもありませんし。」
「またそんなことを…聞き分けが良過ぎても、リリーが損をするだけだろう。」
暑いくらいに日差しのある庭園に日除けのパラソルを立てて、風を感じながらの茶会。
無事とは言えないデビュタントを終えたのが一昨日のことで、私は今日までろくに話の出来ていなかったリオンに誘われるまま、庭で私の好きな茶を口にしながらデビュタントの日の顛末を話せる部分だけ話した。
国王と非公式に謁見したことや父が想像以上に国王と近い関係性にあったことなどは、周りへの影響も大きいだろうと吹聴しないことを父と約束している。リオンに話したのは、私がレイリアーネと間違えられて襲われたことが中心だ。
「それで、他の方々は本当に大丈夫だったのか?」
「はい。動揺しておられるご様子でしたけれど、怪我は無いと仰っていましたわ。寧ろ私の心配をしてくださって。」
思い出して薄く笑う。
夜会をしている場合ではなくなったことで、廊下を抜けてこのまま帰ろうかと父と会場の前を通りかかったら、そこには白い装いの皆様がレイリアーネとメイベルを除いて全員揃っていた。
私を見た瞬間、身内の方々の静止も聞かずに私へ駆け寄ったかと思えば、ティサーナは服を剥かんばかりの勢いで私の怪我がないかを確認してくる。勿論手に滲む血を見られ、他の面々もそれを見てしまって、私よりも青い顔をして心配してくれた。
『何があったのですか!?』
『急に明かりが消えたと思ったら再び点いた時には騎士たちが剣を振るっておられるし!!』
『治まったら私たちは会場から出されるし!』
『探しても君とガーライル伯爵令嬢は居ないし!』
『とっとととっ取り敢えず!そそその手、どうにかしませんか!?』
『…少し、落ち着いてはどうだろうか。そんなにも急いては、ハルバーティア伯爵令嬢も困るだろう。』
一番落ち着いているように見えたのはカルタムだった。
皆を宥めてくれた彼は父に視線を向けて、父が何も話さないことを確認すると息を吐いて私に視線を戻した。『王女殿下と我々のデビュタントだ。事情を話せないことは分かっている。』とだけ言った彼に他の皆も私が話せることが少ないことを察してか、口々に謝罪をしてくれた。
『今夜の出席者には、追って情報の開示があることでしょう。申し訳ありませんが、この場で話せることはございません。』
父のその言葉に、私の周りに集まっていた令息令嬢と様子を窺っていたその身内たちは納得してくれたようだった。
帰る間際、白い装いの者たちと『シーズン中に、必ず皆で茶会をしましょう。』と約束し、帰ってきたのだ。
「社交のシーズンはこれから。会える機会は多くあるだろう。」
「ええ、私もそう思いますわ。…けれど、リオンお兄様にこうして事情をお話できるように、他の方々にも情報の開示は既に手紙でされているでしょうから…」
謝罪という名目で招かれた相手国。その国との交渉が決裂したことでレイリアーネは狙われた、ということが周知された。
危険な場所に我が子が居たのだ。それもレイリアーネという同年代の王女が狙われたとなれば、一昨日デビュタントを迎えた者たちは外出が難しくなるだろう。
それに予想される戦争の兆しについてこそ伏せられてはいるものの、夜会に出席していたのは女王や彼女を支えるに足る家柄の令息令嬢のデビュタントを祝うために招かれた者たちだ。国の中心たる者たちが周辺諸国と自国の情勢に詳しくないわけもなく、これから起こりうる未来を案じる者も多くなる。
会えるかどうかは様子を見て、といったところか。
「それより、リオンお兄様こそ大丈夫だったのですか?」
「暗くなるまではラングと居たんだが、明るくなったと思ったら騎士に促されて会場から出るよう言われたんだ。その後は馬車で待っていたから、負傷という負傷は全く無い。強いて言えば腰か?」
大変だったリリーたちには悪いがな、と茶を飲みながら笑うリオンに安心した。自分のことばかりでリオンのことを気にしていなかったと気付いたのは、帰ろうと私達が馬車へ乗ろうとしたとき。勢い良く内側から扉を開けたリオンの不安そうな表情にまず思ったのは、どれだけ待たせたかということだった。
暗闇から明かりが戻って、騎士達が黒い者たちを無力化しつつ招待客の安全を確保し、私達はそれなりに長く国王と言葉を交えていた。その間リオンは馬車で待っていたはずで。
『…おかえり。』
開いた扉から私達を確認したリオンはそれだけ言った。詳しい説明を求めることもせず、疲れただろうからと私や父に休むことを優先するよう言うだけでなく、今日まで夜会でのことを一つも聞かなかったのだ。
「リオンお兄様は気になりませんの?言えないこともありますが、会場にいたのですから聞く権利はありますでしょう?」
思わず聞いた私に、リオンは笑顔を崩さず口元にあったカップをソーサーへ戻す。
高い音を微かに鳴らせたリオンは、カップから菓子へ手を移して口を開いた。
「リリーは必要なことを話してくれるだろう。叔父上だってそうだし、二人からの言葉があれば情報の不足を感じないから、何も言わないだけだ。」
それでいいのだろうか。
そう思ったけれど、リオンがなんでもないように自身が口にしている菓子を勧めてくるので、本人が良いならいいかとリオンとの茶会を楽しんだ。




