才だけでは得られない
書状は大物三人の署名で終わってはいなかった。
勿論そこで読むのをやめたかったけれど、最後まで見なければ私の中でこの書状が脅迫文で終わる気がした。残りの文章はガーライル伯爵ではない筆跡で書かれており、別の人物の言葉だと分かる。【推薦する騎士の性格を知る者として、誠に申し訳なく思う。】と謝罪から入った文章に、そこから続くラングの辞職までの経緯に、何処までもラングはラングだったのだと呆れた。
【入団した頃から言い続けていた『爵位を貰ったら辞める』という言葉が本気だったとは思わなかったが、我々の説得も無意味なほどに意思は固いようだ。野放しにしてしまえば何が起こるかわからない劇薬のような男なので、このような推薦状で縛るような形になってしまった事を伯爵家の方々には先に詫びておく。】
この人の苦労や私達への申し訳無さが、文章から滲み出てくるようだ。騎士団の偉い人たちに『劇薬』と称されるラングをハルバーティア伯爵家で留め置けるのかは疑問だけれど、ラングの意思は分かった。その意思が誰の言葉も受け付けないほどに固いものであることも。
【国家直属騎士団第3部隊隊長ドラムステ・セイン・コッカー】
文章の最後に記されたその名前。率直な文章は面識の無い私でも、彼が人情深く芯の強い者を好んでいることがよくわかった。
そして今でこそ子爵の地位を持っているラングだけど、コッカー伯爵家という由緒正しい騎士の家系であるセイン部隊長が、ただの平民であったラングにも活躍の場を与えるような平等で実力主義な方であることも知れた。
私は読み終えた書状を丸め、ラングに向き直る。
「当然、この書状にご協力頂いた方々にはお礼をしてきたのよね?」
「はい!!実家のオレンジをたくさん渡しました!!あと最近は紅茶にも挑戦しているのでそっちも渡しました!!」
私が言いたいのは、良くしてもらった相手にお礼の言葉をキチンと言ったのかであって、そういう事ではないのだけれど。
まあ、ラングは前から言葉よりも行動で、行動するならオレンジが付き物だったから、彼なりの最大限の謝意だと信じたい。
「リリルフィア、まさか受け入れちゃうの…?」
「才能を十二分に発揮させてあげられないことは、勿体無いと思いますわ。」
父はラングの意思を無視しようとしている訳ではなく、幾つもある将来の選択肢を今潰してしまうことを惜しんでいるのだ。私がラングを雇うことに賛成してしまえば、元々何故か私に雇えと言ってくるラングを止めることができなくなるだろう。
そう考えている父を肯定し、「けれど」と言葉を続ける。
「四人の方々が直筆で指印まで添えてくださって、推薦しておられるのです。ラングはハルバーティア伯爵家に居るべきだとお考えなのも事実ですわ。騎士団を纏める団長様でさえ、命令で縛るのではなく背を押しておられるのですもの。ラング、貴方は周りにそうして貰えるだけの存在であるということよ。」
周りから意思を尊重してもらえる。
それは才能や運だけでは得られないものだと私は思う。
ラングにあるのが騎士としての才能だけならば、彼は今も農家を手伝っていただろう。彼が人脈に恵まれただけならば、騎士を退くことは許されず剣は国に捧げたままだっただろう。
ラングの望みを叶えたいと思わせるだけの人柄を彼自身が持っているから、周りはラングを助けるのではないだろうか。
「もしも別の道に進みたくなったら、その時はハルバーティア伯爵家が全力で後押しすれば良いのですわ。ラングが我が家に雇われたいと望むなら、尊重するのも彼のためだと思ったのです。」
「リリ様ぁ…!!!」
徐に立ち上がったラングは私の前まで来て膝をつく。片足をついたその姿は正しく騎士の振る舞いそのもので、辺りを見回して「あ、剣が無いや。」と少し抜けたところはラングらしい。
片手の拳を胸に当て、もう片手は本来剣を握るのだろう。空いた手を床に置いて頭を下げた。
その姿に思い当たった私は「ちょっと待って」と制止をかける。
「私にじゃないでしょう?」
隣にいる父を指すが、ラングはその場を動こうとしない。その姿に父は「うん、知ってるから。続けてラング。」と平然としているし、むしろ嬉しそう。
「ラング・オランジュ…イエニスト、の剣は、リリルフィア・クレモナ・ハルバーティア様に。」
言いにくそうに賜ったイエニストまでを名乗ったラングが私に剣を捧げてくれた。嬉しさと困惑と、疑問が頭を巡る。
顔を上げたラングは剣を持つだろう片手を顔の前に持ってきて、「本当はリリ様に剣を渡すんですけどね。」と笑って何もない手を私へ差し出した。その手を取るように言われたので、彼の手に自身の手を重ねる。
「護ります!御身と…えっと、リリ様の護りたいもの全部!!よろしくお願いします!!」
真剣な眼差しから一転、彼らしい笑顔に私も自然と笑う。
王都に到着した初日に、私は優秀な剣を手に入れたみたいだ。
…オレンジの香りが充満した中での誓いであったことは、きっとしばらく忘れないだろう。