棘を抱く
黒い者たちは十人居るかどうかといった数だった。
それぞれが武器を手にし、それぞれが国の手練と言える騎士たちと戦っている。その中に、メイベルが含まれていることに私は身震いした。
体格、腕力、そのどちらも相手の方が明らかに勝っている。だというのに、メイベルは一歩も引くことなく相手の剣を受けていた。
「何だこのガキ!!」
苛立たしげな声に後ろのメイベルを振り向けば、相手が大きく剣を振り上げているのが見えた。振り下ろされることを想像して恐怖からメイベルに声をかけようとしたけれど、それよりも早くメイベルの姿が私の近くから消え、次の瞬間には相手へ一気に距離を詰めていた。
相手の予想に反した行動だったのだろう。剣が有効的に切り裂ける間合いよりも内側にメイベルが入ったのか、相手が一歩後退しようとして振り上げた剣を下ろす。
それは攻撃も防御もできないスキとなった。
「ぐ、あぁぁああっ…!!」
堪えきれなかったような悲鳴に思わず眉が寄る。
メイベルの剣は相手の足に刺さっていて、磨かれた床に大きな音を立てて相手の重そうな剣が落ちた。
メイベルが自身の剣を抜こうとしたのが分かって、私は光景に背を向ける。見なければならない、受け入れなければならないと分かっていても、流れる血が自分の中に流れるものと同じものなのだと思うと、吐き気がこみ上げる。
目を逸らし、助けられて、護られて。
私は狡い。
「リリ様ぁああ!!!」
メイベルから背を向けた前方で、こちらに大きく手を振っているラングが私を呼んだ。
一人切り、一人投げとこちらに近づいてくるラングが頼もしく、同時に彼が自分の騎士であると再確認した。
「大丈夫ですか!?」
「ええ、メイベルが助けてくれたわ。」
後ろを向こうとして、先程の光景が見えたらと視線をまたラングへ戻す。
私の言葉にメイベルを確認したらしいラングは「流石メイベル嬢!!」と言って笑ったので、私は目を見開いて彼を見る。
その慣れたようなラングの明るい言葉が、何時もどおりだったから。彼にとって、今のメイベルが見慣れたものだということがわかった。いや今のメイベル“も”、見慣れた普段のメイベルに違いないのだ。
私は呼吸を整えて後ろを振り向いた。
自身の剣を腰に帯びた鞘に戻したらしいメイベルは、私が見たことに気付いたようにゆっくりとこちらを見る。
その不安げな表情に、心配そうな表情に、私は先程までの恐怖心を悔いた。
メイベルは何をしていても、メイベルではないか。
「ありがとう、メイベル。」
心からの笑顔で、彼女へ感謝を。
一番に助けてくれた彼女の白いドレスが茶と、僅かだが濃い赤で汚れているのを見て、私は思わず彼女を正面から抱きしめる。
ドレスから覗く肌や薄い生地越しに伝わる暖かな彼女の体温に、ひどく安堵した。
「ありがとう。」
隣りにいたから、近かったから、そう言ってしまえばそうなのかもしれない。けれど、私の前に立って、相手の剣を受けて、私を護ってくれたのは、他でもないメイベルだ。
最初は動かなかったメイベルも、少ししてから私の背に腕を回してくれた。その力が強くなると、彼女が震えているのが伝わってきて。
「何時から貴女はレイリアーネ様になったの…!?」
「ついさっきかもしれませんわね。」
「…ば、かぁ!」
温かさの感じる悪態の後、メイベルは私の肩に顔を埋めて動かなくなった。震える彼女の背を撫でて、強まる腕も、塗れるドレスも、私は黙って受け止める。
いつの間にか、周りで聞こえていた騒音も無くなっていて。私はメイベルごと父に抱きしめられるまで、彼女と二人で泣いていた。




