九牛
再び白の装いの者たちが揃った時、レイリアーネは会場へ入る手順の説明をした。その時さり気なく私達が“友人”となることも交えられたけれど、皆が発したのは『そうすべきだと思います』という驚くほど肯定的な言葉だった。
「少し話すだけでも、お二方の人柄は知れましたわ。この双子に丁寧に言葉を返すハルバーティア伯爵令嬢ですもの、かなりの懐の大きさと精神を兼ね備えた方ですわ。」
「双子の部分は聞き捨てなりませんけど、概ね同意見ですね。」
「双子の部分は姉だけだと思うけど、他は同意見ですよ。」
火花を散らす双子を公爵令嬢が鎮める、という何度目かの光景の横で、こちらへ頷いてみせたのはティサーナとアンキス侯爵子息。
両者の表情も悪感情は見られず、ティサーナに至ってはこちらに手を握って応援してくれているような仕草が見えた。
「私も異論はありません。以前よりハルバーティア伯爵令嬢と王女殿下の仲が良好なことは耳にしていましたので。周りへ言い聞かせるという意味でも良い機会かと。」
カルタムの的確な言葉はまるで、事前に交わされた私達のやり取りを見聞きしていたかのようだ。それはレイリアーネも感じたことだったらしく、感心するようにカルタムへ興味が湧いたような視線を向けていた。
何事もなく全員の肯定が得られたところで、再度手順を確認する。
私とメイベルがレイリアーネの後ろになることで、最初に会場へ足を踏み入れるのはアンキス侯爵子息となった。狼狽えた様子ではありながらもしっかりと頷く姿は周りの生暖かい目を誘い、ふとブラッティーノ侯爵子息がパチンと指を鳴らした。
「ああ、何かに似てると思った。」
「いきなり何?似てるって、アンキス侯爵子息が?」
双子の片割れの言葉に怪訝そうに眉を寄せたブラッティーノ侯爵令嬢は、戸惑うアンキス侯爵子息に目を向ける。そしてしばらく見つめたかと思えば、阿吽の呼吸でブラッティーノ侯爵子息と一緒にアンキス侯爵子息を指さした。
「「子犬!」」
「貴方達!マナー以前に初対面の相手に失礼よ!!」
ピシャリと公爵令嬢に言われるも、本人たちは互いに目を合わせて納得がいったように頷いている。
一気に緊張感の抜けた空気となり、レイリアーネも肩を竦めて苦笑い。これから大人たちの前に出なければならないというときに、こうも緊張感の少ない空気は初めてで、メイベルと顔を見合わせて笑う。
その直後だった。
扉が叩かれ、護衛騎士が応じればブラッティーノ侯爵家の双子を始め、各々居住まいを正す姿は彼らの切り替えの速さに感心するばかり。
開かれた扉から会場の準備が整ったことを告げられると、一番初めに入場することになったアンキス侯爵子息が立ち上がる。
王女を会場近くで待たせる、なんてことはある訳がなく。順番にこの部屋から会場へ向かい、最後のレイリアーネまでは各々茶や菓子を楽しむのだ。
「王女殿下、皆さん、御前失礼致します…!」
「また後で。」
レイリアーネに続いて誰もが声をかけ、アンキス侯爵を見送った。その次にティサーナ、次にブラッティーノ侯爵令嬢、子息と順々に会場へ向かっていく。
「そろそろね。」
レイリアーネが残り三人だけとなった室内で呟く。
公爵令嬢も退室し、少数の護衛を残して他の者たちも会場内の持ち場に移動したので全員が揃っていた空間が賑やかであったように、静かな空気となっていた。
「言えていなかったけれどリリルフィア、今日のドレスとっても素敵だわ。」
「レイリアーネ様からお褒め頂けるとは、光栄の極みに存じます。」
王族に対する最大限の返答をすれば、力なくレイリアーネは微笑んだ。
出番が迫っていることを考えれば、彼女も緊張しているのだろう。短く息を吐いた彼女から紡がれたのは、堅苦しい、という私の態度への抗議だった。
「ガーライル伯爵令嬢もそう思わなくて?」
「真面目なところも、リリルフィアの長所だと私は考えておりますわ。」
メイベルの微笑みに「まあ、そうよね。」と笑ったレイリアーネは自然な態度でメイベルへ名を呼ぶことを許し、自らもメイベルを名で呼ぶことを決定していた。
初対面、ではないだろう。
ギルトラウが私だけでなくメイベルもレイリアーネの友人となることを認めたのは、周りも了承の上だと書いてあった。その“周り”はガーライル伯爵家だけではないと私は予想する。
ギルトラウやレイリアーネには具体的には告げていないが、メイベルが私に秘密にしていることを私は知ってしまっていることを匂わせてあるのだから、それを見越しての差配。
そしてもう一つ予想したことがある。メイベルが仕えている御方の了承が得られているということは、少なからずレイリアーネにメイベルの力が必要なことがあるかもしれないとその御方が予想しているのではないかということ。
考えすぎならばそれで良い。けれど、王家にとって人的繋がりを拡げることは大なり小なり意味があると思うのだ。
静かになった空間で、何気ない会話を3人で続けながら私は思考に耽る。そうしていれば、待ち望んだ音が齎された。
「出番のようね?行きましょう。」
「「はい。」」
白の装いの私達は、残った使用人たちの見送りを背に部屋を後にした。廊下に出れば、会場の賑やかさがこちらにも響いてくる。
静かな廊下と遠くの音の温度差に、自然と背筋が伸びる思いだ。
進むに連れて大きくなる音、前を歩くレイリアーネは何も言葉を発することはなく、隣のメイベルも同じ。
ついに音が扉一枚隔てただけの場所まで来ると、徐にレイリアーネは私達に振り向いた。
「貴女達を、信じているわ。」
何か返す前に、レイリアーネは前を向いてしまう。
彼女が手を上げたことを合図として、大きく扉は開かれた。




