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王都と貴族と隣人と


石畳の街道、隙間なく並んだ建物、最奥に見える王城。


ハルバーティア領の穏やかな街並みとは異なり、王都は入ってすぐは人々が多く行き交って賑やかなものだ。人集りが出来る場所に注目すると、何か見世物をしている所もある。


馬車から見える景色が王城へ近づくと、建物一つ一つの大きさが大きくなる。建物の間も間隔が開くようになり、外観も変わる。先程までレンガ造りの建物で圧迫感があったのに対して、今はガラスのショーウィンドウを設けた高級感のある店やオープンカフェが広々と商いをしているのだ。


更に進めば賑やかさが遠のいて、建物も庭付きが当たり前の区画に入った。最奥となる王家の敷地までは貴族の邸宅が点々と広がっているので、この辺りは最初に通った場所と比べると閑散としている印象。


王城に近い区画から順に『貴族層』『商業層』『外層』と呼ばれ、民は皆適した生活区で暮らしている。


因みに『外層』というのは“外へ行く”“外から来る”という意味で名付けられていて、人の往来が激しいのが由来のようだ。他は名前のまま、商会や職人たちが居を構える『商業層』と、裕福な者たちが気ままに建てて暮らす『貴族層』。




「昼過ぎか。思ったよりも早かったね。」


「ジルが頑張ってくれましたもの。予定は夕暮れでしたのに、『馬が調子いいから』って。」


「我々が貴族らしく無い、とも言うがな。」




リオンの言葉に私も父も否定できない。


外でお茶することや、休憩を多めに取ってのんびり旅を満喫するのが一般的だけれど、私達は『平気』の一言で外での休憩を断っていた。


理由はそれぞれだけれど、私は『馬車の中が快適だから。』だ。だって多めのクッションをジャニアとリンダがくれたからフカフカで、時折馬車の窓側へクッションに縋る形で寝ていた。休むほど何もしていないというのもある。


リオンは『外で休憩する用意をするなら早く到着してゆっくりしたい』と言っていたし、父なんて『王都までの景色は見飽きたから、別にいいかな』なんてハルバーティア邸を出発したときとは真逆のことを言っていた。


これらの理由で休憩は最低限になり、使用人の仕事も減って、到着が早まったのだ。




「…見慣れない邸宅が、増えているような…」




リオンは窓から見える貴族層を見て呟いた。


私も見るけれど、今まで建物を気にしたことが無かったのでリオンのような感想は抱けない。父に目を向けると「同盟国への支援で武勲を立てた者が、何人か叙爵しているようだよ。」と教えてくれた。


今、我が国と直接争っている国は無い。なので国の騎士たちは父の言うように、隣国や和平を結んだ同盟国へ赴いて相手を退けるため剣を振るうのが常になっているそうだ。


叙爵する時には王都に居る貴族が出席するのが慣例だけれど、父は領地で私達と過ごしていたからこれには含まれず、どのような人物が新たな貴族となったのかという通達を受けるだけに留まったらしい。




「屋敷の者たちからは『近くに新たな屋敷ができました』と報告が来ているよ。…あ、あれだね。」




父の示した先には我が家であるハルバーティア所有のタウンハウスの敷地を示す鉄柵、その通りを挟んだ隣に小ぶりな屋敷が建っていた。木々に囲まれて屋敷の全容が見えない我が家と違い、隣は低い生け垣や可愛らしい庭の中央に白多めの屋敷が見える。その造りは秘密主義の貴族の屋敷としては珍しく、貴族層では中々目にしない外観だ。


そして気になるのが、お隣の屋敷の前で誰かが立っていること。何処かへ行くでも、誰かを迎えているわけでもなく、そこから微動だにしていない。


カラカラと馬車で屋敷の前を通り過ぎるかと思われた時、思わず見つめてしまっていたその人物と目が合った。




「え…」




夕日のようなオレンジの髪、私の乗る馬車を見上げる目は透明感のある黄緑。初めてその姿を見たとき、『目立つ色合いだわ』と思ったものだ。


平均に足りない身長、その体格に合わせた俊敏な動き、自身の能力を自覚しながらも他者に教えを請う謙虚さと聡明さを知っている。




「あーーー!!!リリ様あぁあ!!!」




馬車に乗っているのに、とても大きく嬉しそうなその声が聞こえた私はどんな顔をしていたのだろう。父が「うわ、ラングだね。もしかしなくてもお隣は彼の家だったかぁ。」と引き攣った表情をしているので、それと似たものかもしれない。




『絶対絶対絶対!!爵位貰って戻るので、そしたら雇ってくださいねリリ様!!』




そう言って彼が消えた2年前。


貴族層、それも我が家の隣に居を構えたらしい2年で全く変わらない賑やかな彼に今思ったのは『あの元気の十分の一でもアルジェントにあれば…』だった。




「リリ様あ!!俺、子爵になりましたあ!約束通り、護衛に雇ってくださあぁあい!!!」




彼、ラング・オランジュという賑やかな存在の登場に頭が処理しきれていないというのもあるが、彼の言葉が受け入れるにはあまりにも突飛すぎて言葉が出ない。


私の代わりに呟いたのは、彼をあまり知らないリオン。




「…子爵になってるんだろ、あの人。雇われる側で良いのか?」




その言葉に父も私も、「ラングだから…」と言うしか無かった。



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