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三度


震える少女の手を取る私に、あの時父は「もう、何も言わないよ。」と呆れるように笑った。






それは3日に渡る催しを終え、その裏であった一人の侯爵とその末の子息の失脚が貴族の間で囁かれていた只中、まだレイリアーネからデビュタントについての手紙が届いていなかった時のこと。


ハルバーティア伯爵家にガーライル伯爵とメイベルが一つの噂を持ってやってきた。




『代替わりしたソートン侯爵は今まで先代や末の弟君が屋敷に集めていた“者たち”を、全て手放したらしい。』




奴隷にとってそれは自由ではない。枷を外されることはけして無く、再び誰かの手に渡るだけ。


それを知る父やガーライル伯爵はどうにも出来ないことだと私達に言い聞かせるように、敢えて私とメイベルを混じえて、ソートン侯爵家の奴隷について話していたように思う。


けれど、それは私達の関与できない事としては終わらなかった。


タウンハウスで一人、庭で本を開きながら茶を飲んでいたら、ラングの屋敷…イエニスト子爵邸で子供を保護したとリンダ経由で伝えられたのだ。


邸宅を与えられたと同時に着任した家令に、子爵邸の全てを一任していたラングではなく、私に。


直接向かったほうが早いとラングを伴って向かってみれば、チョコレート色の髪に琥珀色の瞳をしたコニスがいた。




『定期的に手入れを任せている庭師が見つけました。』




イエニスト子爵邸の家令は奴隷の証である枷を嵌めた少女を嫌悪するどころか、無地の服を着た細く不健康な姿に憐憫の表情を浮かべ、庭の端で熱を出して倒れていたことを話してくれた。


通常、屋敷の主の許可も無く、況してや他者の“所有物”とされる者を匿う権限など、雇われの身である家令には無い。それを深く謝罪しながら、それでもと家令は言い募った。




『共に、この屋敷に置いては頂けませんか…』




自身の給金で子供を養うとまで言った家令に、ラングは頷いた。それで話が終われば良かったのだけれど、少女は金銭によって取引されている奴隷。嵌っている枷はソートン侯爵家のモノで、彼女はソートン侯爵家の所有物となる。このままでは家令だけでなくラングも窃盗犯扱いだ。


何より、家令は“保護”と言った。それは奴隷としてではなく、枷を外した自由の身で安全を確保できないかという相談だ。


ラングはそこで、私を見た。


前例を2度も作ってしまっていることを、彼は知っている。




『…お父様に、相談だけはしましょう。』




小さな少女を見捨てるなんて、出来なかった。


買い上げるだけでいいじゃない、とは言えなかった。


辛い生活や理不尽さを、たとえ文字を目で追っただけであったとしても、知っているから。知っていたからこそ、銀髪の兄弟の枷を、呪いを解いたのだから。


震える少女の手を取って、私は父のもとへ。


移動だけでもかなりの運動になる我が家の敷地を歩きながら、少女の名前や聞けることを聞いた。


コニスは拙い言葉たちを連ね、両親の死と同時に家を失ったことを話してくれた。ここ、王都の外層より離れた小さな街で隠れて生活していたところを、奴隷を売買する者たちに捕まったのだとか。


読み書きは知らず、言葉も拙い。それでもコニスは私の手を握って、頑張って話してくれた。


その後父から承諾と協力を得ることができ、コニスは枷を外され。子爵邸の家令のもとへ戻そうと思ったら、どうしてか我が家へ残ると言い出した。


枷を外すことに協力した手前、特に断る理由もなく今がある。




「お嬢様…?」


「あ…ごめんなさい。お父様のところに行きましょう。」




コニスのことを考えていたら、上の空になっていた。首を傾げるリンダに何でもないことを笑みで示し、私は部屋から出るために一歩踏み出した。


阿吽の呼吸とでも言うべきか、動いた私に合わせるようにリンダが扉を開き、ガブリルとユレナがドレスが乱れないよう気遣ってくれる。幸いにもダンスを踊る必要があるため、装飾などは簡単に取れるような仕組みにはなっていない。大丈夫そうだと二人に頷けば、そっと彼女たちは私から距離を取った。




「あら…どういう風の吹き回し?」




部屋を出ると、恭しく頭を下げたネルヴ。


その隣には、こちらも頭を下げているけれどどこかソワソワした様子のラング。


普段は私を頭を下げて迎えることなんてしない彼ら。それは別段マナーに反しているわけでもないし既にそれが日常となっていたのだけれど、今日の両者は私が声をかけても頭を上げず。


首を傾げれば、すぐ隣から声が上がった。




「リリルフィア…!!今日は一段と綺麗だよ!!」


「ありがとうございます、お父様。」




控えめに腰を落として応えれば、父は私の手を取ってマジマジと全体的に見る。その瞳は愛おしさが溢れ、懐かしむ色も伺えた。瞳の奥の、そのまた奥で、きっと父は私を通して母の面影を見ているのだろう。




「うん…綺麗だ。」




二度目のその言葉は、より重く、深く届いた。


何度か頷いた父は、漸く頭を下げ続けるラングたちへ目向ける。




「よし、良いよ。」




父が声をかけた瞬間、勢いよく頭を上げた二人は口々に賛辞の言葉をくれた。


訳のわからない私は、偶然目のあったコニスに父たちを指してどういうことかと聞いてみた。




「だ、旦那様が一番、です…!!」




何が一番なのか、聞かずとも分かった。


父の我儘に振り回された使用人たちへ、私は心の中で謝罪しておいた。



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