誘い
無遠慮に近づく彼と私の間に入ったのはラング。
それに眉を顰めたソートン侯爵家の彼だったけれど、特に何か言うでもなくラングの体の横から覗き込むようにして私へ顔を見せた。
「父上が怒っていたけれど、君たち何をしたんだい?」
知ってて聞いているのか、否か。
この場に現れたことで彼が、私達の意に反してティサーナがこの場に留め置かれていたことを理解しているらしい、というのは分かる。ソートン侯爵が彼を話題に持ち出した際に見せた反応を加味すると、何も聞かされていない可能性が高いけれど。
言葉を返さない私に彼は肩を竦め、そうかと思えば私達一人ひとりに目を向けると、そのまま話を進めるようだった。
「まあ父上だからなあ。気に入らないことがあると、すぐに大袈裟に騒ぐんだよ。そういえば、ユグルド侯爵令嬢も巻き込まれたようですね。大丈夫ですか?」
「え?あの…」
「ああ、お初にお目にかかります。ソートン侯爵の次男、ジェバック・トルカ・ソートンと言います。」
戸惑うティサーナは間違っていない。私達の警戒する空気もお構いなしに、ツラツラと言葉を並べる彼は本当に考えが読めない。
図書館で出会ったときにもこんな調子だった。
「ソートン侯爵子息…どのようなご用向でこちらへ?」
「君に会いに来たんだよ。図書館でも客席でも邪魔ばかりされては敵わないからね。」
このまま会話していては、何時ソートン侯爵家の者が戻って来るか分からない。
どうこの場を切り抜けようかと紡ぐための言葉を模索していると、彼の横にも後ろにも使用人の姿が見当たらないことに気付いた。試合に出ていた件の負傷したという兵は確か彼についていたけれど、出歩くのであれば一人は連れることが普通。負傷したという兵を彼が重用していたとしても、催しの間は代わりのものが護衛に当たっているはずだ。
そう気付いてしまえば、それらに違和感ばかりを感じてしまう。
「お一人でこちらへ?」
「僕のことが気になるのかい?教えてあげたいところだけど、先に僕の質問に答えてほしいな。君たちは、父上に何をしたのさ。」
何気ないものに思えた先程の『何をしたのか』という問いかけがもう一度繰り返された。首を傾げる姿は数度会ったときと変わらず、多くの女性に声をかけている軟派な印象。
けれど、私へ向ける眼差しに探るようなもの以外が見えず、既知の知り合いを装われたときよりも、知らない私の名前を知ったように間違えて呼んだときよりも、人目を憚らず声を掛けてきたときよりも、こう言ってはなんだけれど、彼と真っ当に会話ができる気がした。
「発端は、こちらにおられるユグルド侯爵令嬢とソートン侯爵の間に我が家の兵が入ったことだったのです。」
「アルジェント様は私が困っているところを助けて下さっただけです!」
「ああ、それが気に入らなかったわけだね。それを利用して父上が…ああ、ジェヴェスも一枚噛んでるっぽいんだっけ。兄上もどうにかしてくれたらいいのにね。」
やれやれ、と首を横に振るその様子はソートン侯爵に協力している様子は見られない。更には末の侯爵子息の関与も示唆する言葉が出た。
「今から父君の思惑を壊そうとしている我々に、そのように無防備でいいのですか?」
「え?いやいや、別に貴方方がどう動こうが僕の知ったことではないよ!そうあんな狸たちと一緒にしないで頂きたいね!」
横目でユグルド侯爵を見れば、侯爵子息を訝しげに見て警戒は解けていない様子。それを子息も分かっているのだろう、両手を頭の横に掲げつつ少々大げさに思える声を上げた。
どうすべきか、そう私がユグルド侯爵たちの様子を見ながら考えていると、ソートン侯爵子息は思い出したように私へ視線を向ける。
「そうだよ!こんなこと言い合っている場合じゃないでしょう君たち!」
「道塞いでるの、そっちじゃ…」
ラングの呟きを後ろから軽く突いて止める。
どうやら敵対するつもりはないらしい相手を、不用意に刺激すべきではない。しかし、しっかりとラングの声は子息に届いていたようだ。ニヤリと笑った彼はラングと、初めと同じく覗き込むようにして私とを見てから言葉を紡いだ。
「そんな態度で良いの?協力してあげようかと思ったのに。」
得意げなその言葉にラングは伺うようにこちらを見たので、私は即答する。
「お気遣いは不要です。」




