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息吹き


「リリルフィア、気にしなくていい。」




父の言うとおりに出来ればどれだけ良かったか。


半ば父に抱えられるようにして廊下へ連れ出された私は、父の腕の中で息を吐いた。


ティサーナをいち早く取り戻したいユグルド侯爵の気持ちは分かる。あの豹変したユグルド侯爵に乞われるまま、ティサーナをどうすれば助けられるかを考えることだってできた筈だ。


それを戸惑わせたのは、私の感情が追いつかないことともう一つ、頭の片隅にある“既知感”。


終わったかに思えた、変えられたかに思えた一幕が、再び上がろうとしているような。ティサーナを主人公とした物語の中の一幕。よりそれを感じさせるのが黒曜の瞳の彼から齎された言葉だ。




『かつての公爵の意思は、とある貴族家に継がれました』




あの公爵は何を考えていた?


何を考えて、ハルバーティア伯爵家を攻撃していた?


見えている眼の前の答えから少しだけ目をそらして、私は自身の記憶の中にある確信的な要素を探す。


勘違いでは済まされない。言葉にするのも恐ろしい出来事が、私の前で始まろうとしているのを私は薄ら感じていた。




「大丈夫だよリリルフィア、一人でなにかしようとしなくていい。父様が居るからね。」


ーー「大丈夫だよご令嬢、一人で抱え込まなくていい。領主である私がいるんだから。」ーー




目で追った文字が、父の言葉となって重なる。


こんな状況ではなかった筈だ。あの言葉は戦の爪痕を前にして苦心する主人公に領主が気遣って、自身も居るのだと声をかけるのだから。


けれどその戦争は起きていないし、物語の中で起きるものも終盤の…




「ぁ…」




父の腕の中、私は絡まっていた糸がスルリと解けるような心地だった。


自分の介入で、周囲に変化が起きたことは自覚していた。周囲というのも、小さな規模ではなくなってきていたことも分かっていた。なのにどうして見落としていたのだろう。周囲が変われば状況も当然変わる。状況が変われば、それだけで戦がなくなるかといえば大きな間違いだ。


かつて公爵を排したことで一度は消えた火種が、別の場所で、別の者によって戦火を招こうとしている。


私は父の体を押して、自分で立つ。


しっかりと地に足がついているということを実感しながら、私はきつく瞼を閉じた。


考えろ、考えろ。


今はまだ火種のそれは、既に王家や敏い家の耳には入っている。だからこその“言伝”で、だからこその黒曜の瞳の彼の言葉だった。それらが“今”私の耳に入ったということは、父への嫌疑もアルジェントへの容疑もティサーナへの謀りも、導火線であるかのように全て繋がっていると思っていい。


何でもいい、全てを使って目的を達することができれば。


頭に浮かぶのは焦燥に駆られたユグルド侯爵の姿。大きなことを動かすなんて私にそんな度胸はない。けれど、友達を助けたい。




「向こうが欲張るのなら…」


「リリルフィア?」




父の心配そうな声に私は顔を上げた。


ティサーナの誘拐と戦争は直接の関わりはない。けれどソートン侯爵が今回のことを足掛かりに、王に忠誠を誓う貴族の中に混乱を招こうとしているのは予想がつく。混乱の中で、ソートン侯爵を始めとする者たちがどう動くのか、私にはその結果となるであろう未来の一つを知っている。


私はどうやって父にそれを伝えればいいのだろう。


ユグルド侯爵の表情が脳裏をよぎる。


…異端には、なりたくないわ。けれど。




「お父様、ティサーナ様が連れて行かれたのはきっとアルジェントを脅すためですわ。」


「…アルジェントを?ユグルド侯爵ではなくて?」


「アルジェントに罪を認めるよう要求する筈です。ソートン侯爵が今のユグルド侯爵の様子まで予想していたとは考えにくいですが、父と侯爵の仲違いを狙ったのではないかと。」




ユグルド侯爵を直接狙うのであれば、ティサーナを誘拐した時点でユグルド侯爵に何らかの要求が成されているはず。


それが無いということは、ティサーナは別の目的…別の人物へ何かを要求するために攫われたと考えるほうが自然だ。




「お父様も仰ったように、アルジェントへの脅しが上手く行かなければそれでも“連れてきただけ”と説明できる状況を相手は作っています。それだけティサーナ様の拘束も緩いと考えて良いですわ。」


「安全は保証されている、と?」




私は父の言葉に頷いた。


時間にして一刻が過ぎるかというけして短くはない間、私達は部屋で話し合っている。その間にソートン侯爵の動向もアルジェントの行方も情報は入っていない。


探していない、探す必要がない、つまりはソートン侯爵とアルジェントは同じ場所に居て、更には場所を動いていないと考えるべきだろう。




「お父様、ラングを呼んで負傷したという兵のところへ行きましょう。ソートン侯爵もそちらに居られましたでしょう?お父様も、呼ばれたのはその場所なのではありませんか?」


「…よくわかったね。」




感心する父に、私は笑みを作る。




「軍をまとめる武人というのは、戦況を把握することが鉄則らしいですわ。自ら行動する場合には、全てを手中に収めておいたほうが状況を知ることが容易ですもの。」




きっとアルジェントもティサーナも同じ場所、もしくはその周辺にいるはずだ。


私は父に自分の考えを話してからユグルド侯爵の居る部屋へと、父の反対と静止を振り切って戻った。



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