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それぞれの


「ミカルド、帰りましょうか。」




言いたい事は言い終えたとばかりに、アルジェントに咎めない旨を伝えたレイリアーネはミカルドへと視線を向ける。


ミカルドがレイリアーネをエスコートするので、私達は見送りのために玄関へ。開いた扉の先には簡素な馬車があった。




「ハルバーティア伯爵令嬢。」




私を呼んだミカルドは一度レイリアーネのエスコートを止めて私に礼をした。




「王女殿下の良き友人となられることを、期待いたしております。」




玄関ギリギリに立っているのが『まだ訪問中』という線引のように見え、今回の件を無かったことにするという私の提案を尊重しているように思えた。


公の場で初対面を装って挨拶し、その後のことをミカルドは言ったとわかる。だから私は自らの意思を深く腰を落としてから口にした。




「公の場でお会いして、王女殿下ご自身がそれを望まれるのでしたら。」




今でもモブでもない私がそんな重い位置にいていいのかと思うけれど、自分のことよりも今は目の前で私を見るレイリアーネの味方になるのもいいか、とも思う。


ハルバーティア伯爵家の息女としてなら、幾分重圧も少なくなりそうだし。


何より、不自由なレイリアーネの傍で、少しでも彼女が好きなモノを共有できる相手がいられれば。




「その言葉、忘れないでよ。」




レイリアーネは不安に瞳を揺らし「知らないふりは嫌よ」と言った。それが可愛らしくて、思わず笑ってしまう。王女殿下という高い身分の相手に本来ならば不敬だけれど、出会った時が怪しい少女だったからだろうか、どうにも放っておけない。




「“『貴女の未来に私が居るのなら、その時は傍に居りましょう。』”」




キッカケが小説だったことと、シチュエーションが近いと感じたため、再会の約束も『星の天使』が主人公に言った言葉を借りる。レイリアーネが分かったかどうかは判らないけれど、嬉しそうなので良しとしよう。


こうして王女殿下と騎士は屋敷を後にした。




「なんとか、上手く纏まったね。」


「そうですわね。これからどういたしましょう?」




時間は昼前といったところで、明日の朝王都へ出発する予定の私達には少々時間が余る。リオンは書庫に居るだろうが、父はどうするのだろう。




「俺は屋敷で出来る仕事を少し済ませるよ。リリルフィアは?」


「アルジェントを少し労ってあげようかと思います。」




ジャニアの悪戯の餌食になってしまった哀れな彼に、王女殿下との対応を頑張った彼に、何かご褒美として甘いものをあげても問題無いだろう。


私の予定に「ああ、後ろでジャニアが凄く笑ってたもんね。」と父が言う。流石父と言うべきだろう、ジャニアの表情には気づいていたらしい。




「イタズラするのも程々にと、忠告しておこうかな。」


「よろしくお願いいたします。」




苦笑いの父と別れ、私にあてがわれた部屋に行ってリンダにアルジェントを呼ぶよう伝える。




「昨日の小部屋がいいわ。お茶と甘いものもお願いね。」


「畏まりました。」




退室するリンダを見送って、私は持ってきた本を広げた。


読み進めたい建国記の他にも数冊持ってきていた中で、今手に取るのは短時間で読めそうな短編集。様々な女性の日常を描いているらしいこの本は、出だしは女性たちの茶会の場面から始まっていた。


淑女たちの世間話を、一人ひとり詳しく聞くという入り方で短編は進んでいくようで、淑女の『私ね、最近猫と文通しているのよ』という一言から一つの話物語が紡がれている。


全ての生活を厳格な両親に管理されながら過ごす淑女がある日、窓辺に現れた猫の咥える手紙に面白半分で返事を書くのだ。その日限りかと思えば猫は日を置いて再びやってくる。手紙を読めばしっかりと前回書いた手紙の返事が綴られていて、また返事を書くことを繰り返すことで淑女は次第に手紙の相手と会いたくなってくる。という現実と少し離れた不思議なお話だった。


淑女に訪れた結末を読み終え、飾り紐で作った栞を挟んで一旦本を閉じる。




「…まさかお手紙の相手がお父上だったなんて。」




恋愛でも友情でもない結末に、不思議な笑いがこみ上げてくる。


手紙を託す相手が知りたいと猫を追いかけた先には、娘が『厳しい』と評価する父親がいた。手紙を咥える猫を労り手紙を読む父親の優しい表情と、娘と知りながら日々の生活の不満を綴るその手紙を呼んで『頑張っているな』と独り言ちるのだ。


不器用な親の一幕に、ついつい自身の父と比べてしまう。




「お父様なら、きっとこんな回りくどいことはせずに直接お伺いになるわね。」




愛情の不足を感じさせない自慢の父は、きっと何かあれば仕事を放り投げてでも私のもとへ来てくれる。そんな自信があった。


次の話を読もうかと思った時、コンコンというノックと扉の向こうで「お嬢様、準備が整いました。」とリンダの声がした。




「今行くわ。」




テーブルに短編集を置き、立ち上がると私の返事に開けられた扉の先でリンダが「何かありましたか?」と聞いてくる。




「え?どうして?」


「いえ、楽しそうですので。」




リンダの言葉に自分の頬を見えもしないのに触れて確かめる。どうやら表情が緩んでいたようだ。




「さっき読んでいた本が楽しくて。」




私は小部屋へ行くまで、リンダに先程読んだ話を聞かせた。家族の不器用な物語と、自身の真っ直ぐな愛を向けてくれる父のことも。




「私は、日々の不満を手紙に書くことはなさそうだわ。」




書くのなら、きっと不満ではなく自慢な気がするのだ。日々自分がどれだけ幸せか、どれだけ優しい人たちに囲まれているか。レイリアーネのような不自由な生活も、本の淑女のような厳しく窮屈な生活も、私には無いのだから。


私の言葉に「お嬢様は、そうですね。」とリンダは笑ってくれた。



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