知らぬが仏
「婚約を考える以前に、ご子息の性格に問題が多すぎるからね。公爵も断りの手紙をお送りしたら『息子を叩き直すので、相応しくなったら改めて』と寛大なお返事を下さったよ。」
改めて、またお見合いの申し出があるかもしれないのですね。とは言えなかった。
何時の間にか私の見合いにまで話が逸れてしまったけれど、昨年のアニスの茶会で仲裁に入ったことで私の名が想像以上に広まっているのはよくわかった。公の場で公爵自身が子息の監督不行き届きを謝罪されたのも大きかったのだろう。
けれど、父は『一個は』と言ったのだ。
「お父様、あと何個ありますの…?」
「2つだよ。…聞きたい?」
悪戯っ子のように楽しげな父は通常の割増で幼く見える。興味津々のレイリアーネは「聞きたいわ!」と言うけれど、なんとなく、本当になんとなく思い当たる事が一つある私はそれが確定してしまうことを考えると聞きたくない。
ゆっくりと首を横に振れば、父は「今はそれが賢明だよ」と私の判断を是とし、この話を終わらせた。
会話に一区切りがついた私達はそれぞれに肩の力を抜き次の話題へ。
「ハルバーティア伯爵、銀髪の従者には会えるかしら。可哀想なことをしてしまったから謝罪くらいは、ね?」
レイリアーネからの希望に父は隅に控えていたジャニアに目配せをした。ジャニアは静かに退室し、入れ替わるようにリンダがワゴンを転がして入室する。
お茶と焼き菓子の魅惑的な香りに頬を緩めたレイリアーネの横でミカルドが口を開いた。
「王女殿下の仰っていた『銀の王子様』ですか。」
「そうよ。…実際は野蛮な男だったけれど!」
ふんっ!と拗ねたような表情を見せてリンダの用意した紅茶へ口付けるレイリアーネを見る限り、アルジェントに対する印象は変わっていないようだ。
身分を伏せ、雇い主の前で自分の背に隠れようとする怪しい少女を丁寧に扱えるほどの余裕はアルジェントにないのだけれど、レイリアーネにとっては昨日あったばかりの相手なので配慮出来ずとも仕方がない。
…初対面の相手の背に隠れてしまうほど、他者への配慮が欠如しているとも言うかしら。
「昨日から思っておりましたが、王女殿下が小説に登場する『銀の王子』と重ね合わせるほどの銀髪とは、国内では珍しいですね。」
「彼は平民なので、その辺りの生い立ちは私も深く探ってはいません。ですが北方の国には銀髪のような白に近い髪の者が多いと聞くので、もしかしたらそちらの出身かもしれません。」
父とミカルドの情報を横で聞き、私は彼以外の銀髪を見かけなかったこれまでの人生に納得した。
国全体を見ても珍しいのなら、見かけなくても全くおかしくはなかった。特に父の言う北の国と我が国は両者共に経済が潤っており、交流こそあれど現状の生活が豊かなら、別の国に移ろうと考える者は居ない。新たな志を持って渡る者はいたかもしれないが、その数も少数だろう。
「失礼致します。」
ノックの後、父の応答に扉を開けたジャニアに続いてアルジェントが入室した。
強張った表情と味方を探すような視線にジャニアが何と言って連れてきたのかが気になった。
「お呼びで、しょうか…!」
体の横に腕をピッタリと付けて背筋を伸ばすアルジェントにレイリアーネが「用があるのは私ですわ」と笑いかける。
しかしレイリアーネの柔らかな表情に反してアルジェントは彼女を見るや顔を青くした。
「昨日のことでね」
「さ、昨日は大変なぶ、無礼を働き」
「あら、そんなの」
「王女殿下とは知らず、貴女様の手を」
「だからそれは」
「大変失礼な態度で…!!」
カタカタと機械のように喋りだしたアルジェントにレイリアーネも咎めない意思を伝えようとするのだが、緊張を通り越して絶望的な眼差しのアルジェントには全く聞こえていないようだ。
レイリアーネは私を見て「ハルバーティア伯爵令嬢!!」と叫ぶので、私はアルジェントを呼んだ。
「アルジェント。黙りなさい。」
「ひゃい!!」
声を低く意識して命じると、肩を跳ねたアルジェントは我に返ったように瞳に光を戻す。
私を見て、レイリアーネを見て、何か言いたいのか口を開こうとするが私の命令を考えてモゴモゴするだけで言葉を発さない。
「お相手の言葉を遮ることはマナー違反です。言いたいことがあるのなら、相手の話をすべて聞いてからになさい。」
私の指導のような言葉に頷いたアルジェントを見計らって、私はレイリアーネに頷く。彼女は「ハルバーティア伯爵令嬢は躾がお上手ね」と誤解されそうな言葉を私に掛けてから、アルジェントに向き直った。
「昨日は迷惑をかけて悪かったわ。私の身分を伏せていたのがあなたの行動の最たる原因なのだから、貴方の無礼は咎めません。って、言いたかったのよ。」
苦笑いで言うレイリアーネに初めは動揺していたアルジェントも話の内容を噛み砕いたらしく、分かりやすいほどに全身の力を抜いた。
それを見て私はチラリとジャニアの姿を見る。
扉付近にいる彼は、誰も見ていないと思ったのかとてもいい笑顔だった。