思い出と不意打ち
ニコニコする父に目で訴えると「本人には届かないものだねえ」と楽しそうに教えてくれた。
「1個はほらアレだよ。昨年出席した茶会、覚えてる?」
「…もしかしなくともアニスが何処ぞのご子息に喧嘩を売った、アレですか。」
思い出すのは昨年従姉妹のアニスの招待で出席した、彼女の主催する茶会。マナーは愚か礼儀の成っていない子息を私の従姉妹であるアニスが咎めたのだ。
元々はその子息が茶会で出されたアフタヌーンティーに『美味しくない』と言ったのが悪かったのだけれど、その一言に対する報復が過剰過ぎた。
「アニスもご子息も、言葉だけに留まらなかったのでお止めしただけですけれど…」
「『紳士としての懐の深さと、淑女としての慈悲深さ。最も深くお持ちなのはどちらでしょう?』だっけ。直接見られなかったのが未だに悔やまれるよ。」
昨年の茶会での出来事を何故出席していない父が知っているのか疑問はあるけれど、父の緩まった表情を見て出席していないのは幸いだったと強く思う。その場にいればきっと、アニスの前に出て子息の投げたケーキが当たったところを目撃されただろうし、アニスの子息へ向けて振りかぶられる腕を必死に抑えているのも見られただろうから。
昨年思ったことは『10歳の行動力は恐ろしい』ということだった。
「まさかアニスと揉めたご子息が公爵子息だったとはね!公爵が厳格な紳士で良かったよ。」
笑って言う父だけれど、知った日にはアニスと一緒に腰を抜かしてその場に崩れ落ちるところだったのだ。
現に目の前の二人も『え、公爵家!?』と口にこそ出さないけれど目が語っている。
『息子の非礼を詫びたい。』
夜会で半泣きの子息を伴って、私の前へ姿を見せてくださった公爵は人目も憚らず頭を下げ、自身の子息の頭も掴んで下げさせた。
ここで茶会の主催だったアニスが何故子息の家柄を知らなかったかというのも公爵はフォローしてくださり、子息は勝手に自身の使用人である伯爵家の次男と入れ代わり茶会へ出席したからというものだった。
別人を騙るばかりか令嬢へ乱暴を働いたと知った公爵は、被害を被った私に謝罪をしてくれたのだ。
「そこでリリルフィアは『従姉妹を庇っただけで、ご子息を諌めたのは彼女です』とか言っちゃったものだから、公爵が気に入っちゃってね。」
「…気に入られた覚えはありません。」
父が大袈裟すぎるのではないかと私は思う。
公爵は私の言葉を聞いて『寛大な言葉、感謝する』とだけ言って場を去ったのだ。あれの何処が気に入られたと思うのだろうか。
私の疑問に「あの場はあれで終わったね。」と含みのある言い方をする父。まるで“その後”があるような物言いだ。
「パルケット公爵子息についてご存知ですか?」
父が目の前の二人に向けて問いかけると、二人の顔色がサッと変わった。どちらも『げっ』とでも言いたげな渋い顔をするものだから、私も怪訝な顔になってしまう。
「令嬢と揉めるような公爵家の子息に思い当たらなかったけれど、パルケット公爵子息だったのね…」
「あの方なら、まあ…ああ、それでですか。」
ミカルドは数度頷くと「第四王女殿下との婚約を辞退されたのは、ハルバーティア伯爵令嬢理由だったのですね。」と、とんでもない爆弾を落としてくださった。
第四王女はレイリアーネと2つ離れた側室の御子で、確かパルケット公爵子息は12。年齢も丁度いいのだけれど、そんな二人の婚約が、無くなった?
「…お父様、第四王女殿下の婚約が、私のせいで立ち消えたと聞こえたのですが。」
「いやいや、パルケット公爵が辞退されただけで王女殿下は別のご子息との婚約が成されているよ。…パルケット公爵家からは、ウチに見合い話が来てるけど。」
最後の言葉に私だけでなくミカルドやレイリアーネも目を剥いた。
聞いてない!!と叫ぶよりも先に何故王女ではなく私に見合い話を持ってくるのかが分からない。子息とアニスの仲裁に入ったのは認めるし、印象に残った言葉を発したのは私だったらしいというのはわかった。けれど、それがどうして好感を生むのだ。
「あ、分かってないねリリルフィア。公爵はリリルフィアを子息の相手に選んだんだよ、家柄関係なくね。」
父の言葉が少しの間、理解できなかった。
家柄を考慮しないで選ぶというのは、つまり本人の人柄を見たということ。それで、私を…
「え、よ…喜ぶべき、なのでしょう、けど…」
理解できれば、顔に熱が集まるのがわかる。周りの視線が気になって顔を覆ってしまえば、熱が手に移ってより一層自分の顔が熱いのが分かってしまった。
「リリルフィア?」
「まっ、待ってくださいっ…!!」
友人でない限り、自分自身が他者を見るときに家柄と照らし合わせていたせいか、周りから“人柄を見ていた”と言われると何だか恥ずかしくなってしまう。
それより、そんなことより、今は公爵家のお見合い話のことだ。パルケット公爵子息はアニスと喧嘩した方なのでしょう?それはなんというか…
別のことを考えて必死に顔を熱を追い出していると、父が「ま、公爵からのお話は断ったけどね。」と言い放った。
「お、お父様…」
それを先に言ってほしかったです。




