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娘として


ユグルド侯爵令嬢が小説と同じく家から飛び出すのだとしても、私ができる事なんてなにもない。もしもあるとすれば、せいぜい旅で出会う…というより再会するハルバーティア伯爵との対話が上手くいくように手助けするくらいだろうか。


けれど私の知っている小説にリリルフィアなんて令嬢は出ていないし、ハルバーティア伯爵の娘なんてのも登場していない。


となるとすることは一つ。



「うん。放っておきましょう。」


「うん。何が?」



顔を上げればニコニコとこちらを見るお父様。


窓の外は先程まで歩いていた暗い色の街並みで、いつの間にか馬車に揺られていたようだ。


間を開けずにまたしても上の空だったとは失態だわ。笑顔を見せる父に私もニコリと微笑むと、それだけでデレッと崩れる。



「父様のリリルフィアは可愛いなあ!」


「お父様も普段お仕事されている時はきっと素敵ですわ。」



見たことないけど。


父の執務室に足を踏み入れることなんて無い。それに仕事の邪魔はすべきではないことは流石に分かっている。何時だったか庭のガゼボに座っていた父に声を掛けた時は、傍らに立っていた父付きの執事が私と父を見比べて青ざめていた。


抱き上げてくれた父の顔はいつも見る緩んだもので、『一緒にお茶しようか』と誘ってくれたのだ。後で気づいたがガゼボに設置されたテーブルには複数の書類、青ざめていた執事の手には重そうな綴じた書類の束があったのでお茶をする場合では無かったように思う。


それでも父は私を優先してしまうと察してからは、父に呼ばれた場合以外で会うときはまず父付きの執事に伺いを立てるようにした。



『聡明なリリルフィアお嬢様、貴女様のご配慮によりハルバーティア領は救われているのでございます。』



そう言ってバスケットいっぱいのお菓子を父付きの執事から貰ったのは父には秘密だ。


私はあれを賄賂だと認識している。


父の緩んだ表情は、未だ緩みきったまま。


私は父から窓へと目を移し、雪のチラつく景色が馬車の進行によって流れていくのをなんとなく眺める。寒さは馬車にこれでもかと積まれたクッションや馬車に乗ったときに父が掛けてくれたらしいブランケットによってあまり感じない。


代わりに外に時折見える一般の人々のほうが寒そうに見えた。


ストールを薄手のドレスに羽織っただけで歩く夫人、シャツにズボンのみで走る少年、頬を真っ赤にしている少女は花売りだろうか。



「リリルフィア、そんなに窓に近づくと冷えるよ。」



父が私の頬に手を当てて目を合わせさせられる。一時父に顔を向けたが、私は目だけ窓の外に戻した。


無力な自分にできることは無いと知っているからこそ、道行く民の姿と自分の恵まれた環境を比べて胸が痛む。


小説では主人公の周りでしか描かれなかったが、こうして小説に登場しないリリルフィアという存在がある以上、世界は主人公の周り以外にも広がっている。


広がっているからこそ、父の娘としてきっと目を逸らしてはいけない風景たちだ。



「私はお父様の娘で、幸せですわ。」



溢れた言葉に、父がどんな反応をしたのかは敢えて見なかった。



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