負けられない
ここまでお読みくださっている読者様、毎日お読みくださっている読者様、本当にありがとうございます。
私事で多忙を極め、予約投稿のストックも切れたために、予告なく2日を空けた投稿となってしまいました。申し訳ありません。
これからも出来る限り投稿を重ね、精進してまいりますのでよろしくおねがいします。
それでは、お楽しみください!!
前方の賑やかさが増したことで、催し二日目の始まりを知る。相変わらず競技場の中央から発せられている主催者側の者の声は聞こえにくいけれど、観客の会話や中央への呼びかけから何を言っているのか容易に知ることができるので問題はない。
「最初の一戦は…あら。リリルフィア、我が家の者だわ。」
メイベルが隣で可憐な装飾を施されたオペラグラスを覗き込んでいたかと思えば、私の腕をトンと叩いた。何となく見たことのある人影のような気がする程度で、私にはハッキリと顔はわからない。
「ガーライル伯爵家は有名ですよね。私は昨日は見ることが出来なかったので楽しみです!」
明るい声がメイベルとは反対隣から。キラキラとした瞳で中央を見つめ、時折私や私を挟んで反対側のメイベルと言葉を交わしているティサーナ。
私が彼女たちと会う前に座っていた席には全く別の方々が座っていて、私達が座っているのはガーライル伯爵家が取っていた席の周辺。
何ということはない。『話足りない』と口々に言ったメイベルやユグルド侯爵及びティサーナなど複数人の意見により、客席の一番後ろだったガーライル伯爵家の席周辺を取っていた方々と席を代わってもらったのだ。
競技場の正面に位置していた我が家の取った席は皆が快く交換してくれ、ユグルド侯爵家から席を交換してほしいと提案されて、意見する者など居なかった。
因みに、父たち大人組は私達の後ろで並んでいる。
メイベルの真後ろに座るガーライル伯爵が『フィル、娘たちの後ろ姿はなんだか新鮮じゃないか』と言葉にしたり、私の真後ろに座る父が『リリルフィアは後ろ姿も可愛いなあ』と通常運転の溺愛ぶりを言葉にしてユグルド侯爵に笑われていたりするが、もう今に始まったことではないので放って置いている。
「相手は…まあ。リリルフィア、これを貸すから見て。」
メイベルに貸し出されたオペラグラスを覗くと、やはり見たことのあるガーライル伯爵家の兵と、その相手である昨日目にして十分驚いた一人が。
茶の髪に黒い瞳で真っ直ぐ相手を見つめる姿は、春の暖かな陽気の下ではなんだか以前と違った印象を受ける。微かに我々の周辺で「男爵家の者では?」「剥奪されたと聞いたが…」などと囁かれているが、私の知っている事実と同じく内容の言葉は一つも無かった。
「リリルフィア様のお知り合いですか?…あまり良いお声を聞かないお人のようですが。」
周囲に視線を向けて私に耳打ちするティサーナ。
もう2年の時が経った一件だが、内密に処理されたとしても人の噂とはどこからともなく、誰からでも囁かれるようだ。灯火が消えるように名前の聞かなくなった一つの公爵家と、音沙汰のなくなったその周りの貴族たちの中に、目前の彼は居たはずで。
それを知る客席の貴族たちが疑問を口にするのも仕方がないだろう。
「知り合い…ええ、そのようなものです。特に悪感情もありませんし。」
「あら、私は好きじゃないわよ。」
ハッキリと彼に対する印象を口にしたメイベル。
彼女を見ると視線は真っ直ぐ競技場の中央に向いていて、私に視線を向けることなく言葉を続けた。
「二回よ。あの者は私の親友の前に立ち塞がった、私にとって敵ですわ。たとえあの者の意思ではなかったのだとしても、行動することを選んだのは彼だもの。」
一度目はハルバーティア伯爵領での出来事、そして二度目は王宮。
どちらも結果としては裏に子爵や公爵といった権力ある者の存在があったわけだけれど、メイベルは私を思って関わった者たち全てに怒りを感じてくれているようだ。
私の中では終わったことだけれど、親友の思いはそれでも嬉しく「ありがとう、メイベル」と感謝を口にする。
「相手は双剣なのね…負けたらどうしてやろうかしら。」
「言葉が乱れていますわメイベル。それに、勝ち負けに拘らずに努力を認めてあげてくださいませ。」
「努力を認めて、怠慢も徹底的に指摘するのが、ガーライル伯爵家の流儀よ!!」
飴と鞭と言うやつだろうか。メイベルの令嬢らしくないグッと体の前で握られた拳と、素敵な笑顔。
そして彼女の後ろで数度頷き「流石我が娘。これでこそガーライル伯爵家。」と満足そうにしているガーライル伯爵。
「武に長けたお家柄の方々は、皆様こうなのですか?」
「いいえ、ティサーナ様。ガーライル伯爵家を参考になさってはいけないと思いますわ。」
考え方が間違っているとは思わないけれど、どうにも“怠慢も徹底的に指摘する”辺りに多めに指導の割合が割かれている気がしてならない。
試合開始の合図の直前、ガーライル伯爵家の推薦を受けている参加者が身を震わせたように見えたが、気の所為ではないだろう。
メイベルから借りたままだったオペラグラスを覗くと、何処か鬼気迫る表情の兵。
「頑張ってくださいまし…」
兵の姿には試合に対する緊張とは別の何かがある気がして、思わず応援の言葉が哀れみも含んで口から零れていた。




