他愛ない
空間にゆとりを持って配置された競技場の後方の片隅で、ユグルド候爵家とガーライル伯爵家、そしてハルバーティア伯爵家の三家が顔を合わせることとなった。
「久しいねフィルゼント。ガーライル伯爵も息災のようで何より。」
「お久しぶりです、テルサルーア様。」
「候爵もお変わり無い様で。」
握手して笑顔を見せる父たち。
その隣では侯爵夫人とリオンが最初に見たときと同じく言葉を交わしていた。誕生日パーティーでは見られなかった光景だけれど、そもそも侯爵夫人とリオンは叔母と甥の関係。夫人は立場上手助けしにくい部分もあるけれど、甥の将来を気にかけていることは知っている。
「今は叔父上の後ろをついていくことで精一杯ですが。」
「そうかしら?ハルバーティア伯爵からの手紙の内容からして、そうは思えないけれど。」
親しい友人関係、良好な親戚関係といった様子の大人たちから自分の周りに目をやると、ソワソワと私の隣を気にするティサーナ。
どうにも友人関係を築くのが不得手らしいティサーナは微笑みを崩さないメイベルから話しかけてほしい雰囲気ではあるのだけれど、そうもいかないのが貴族。
初対面で目下の者から話しかけるのはマナー違反で、目上の者が目下の者へ自己紹介することを許す形が最適とされている。なんとも面倒な作法だと、私は小さく息を吐いてからティサーナへ笑みを向ける。
「お会いできて嬉しく思いますわ、ティサーナ様。」
「私こそリリルフィア様にお会いできて嬉しいです!その、お招きいただいたパーティーでは失礼な態度を取ってしまって、謝りたかったんです!」
両手を胸の前で組んで目を伏せるティサーナは先程の印象とは打って変わって弱々しい。
原因が不明だったため、私から何か謝罪することは控えていたのだけれどまさかティサーナの方から謝られることになるとは。
「そんな、私の言葉が何かいけなかったのでございましょう?謝るべきは私の方です。」
「いいえ、いいえ!勝手に私がモヤモヤとしてしまったんです!その…原因は言えないので申し訳ありませんが…」
困ったようなティサーナの笑みに、これ以上聞いてほしくないことが伝わってくる。不快にさせたことは謝りたいが、原因がわからない上にティサーナ自身が追求することを望んでいない。
どう言葉を返そうかと思っていると、隣から肘を軽く突かれた。横を見れば扇で口元を隠したメイベルがティサーナを見て笑みを浮かべている。
ああ、そうだったわ。
「分かりました。こうしてまたお話しできることを喜ぶことに致します。…多くの目もありますし。」
ティサーナに笑みを向けてからメイベルへ視線を移すと、ティサーナは私の視線を追うようにしてメイベルへ目を向ける。
ハッとしたような表情を見せてから私の顔を見て、再びメイベルへ目を向けると、表情を緩めてコホンと切り替えるように咳払いを見せた。
「そうですね。ところで、そちらのご令嬢は?」
嬉しそうなティサーナは、デビュタント前だからというべきか彼女の根からの性格ゆえというべきか、聞こえたらしい侯爵夫人がティサーナを見て苦笑いを見せるほどに、言葉選びが初々しかった。
素直に紹介してほしいというわけでもなく、スマートに話題を変えられるわけでもない。私ならばどうするかを考えつつ、歳上なのに愛らしいティサーナの望み通りメイベルを手で示す。
「ご紹介致します。こちらはガーライル伯爵家の令嬢で、私とは5年近い間柄になりますわ。ティサーナ様と歳は同じです。」
「メイベル・パレッツェ・ガーライルと申します。以後お見知りおきを。」
腰を落としてから微笑むメイベルに瞳を煌めかせたティサーナは、同じく腰を落としてからマジマジとメイベルを見て感嘆の息を吐いた。
「ティサーナ・ドルガンテ・ユグルドです。お見かけすることはありましたが、こうして紹介して頂けるなんて!」
「それはこちらの台詞で御座います。ユグルド侯爵令嬢は茶会では注目の的ですもの。ねえ、リリルフィア?」
こちらへ視線を向けるメイベルに頷けば、恥ずかしそうにしているティサーナ。
そんなティサーナにメイベルも頬を緩めて、私の耳元で「遠くで見るよりも、可愛らしい方ね。」と囁く。私も彼女と会う回数を重ねる前はメイベルと同じことを思ったものだ。
最初は私の知る物語の中心を飾っている人物という印象が強かったティサーナだけれど、話してみると私の知る文章では描かれていない真っ直ぐさや、舞台となっている時間軸よりも前だからこその幼さが伺えた。
茶会に招待された時には完璧ではない、年相応な令嬢の姿を。私の誕生日パーティーでは友達が欲しい、甘いものが好き、といったただの少女と思える一面を。
会えば会うだけ、見れば見るほど、ティサーナの愛らしく魅力的な姿を目にし、今ではすっかり“友人のティサーナ様”となっていた。




