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知らない貴方


「ラング、遅いわね…」





本日行われる予定だった全ての試合が終了し、私達は馬車の中でラングを待っていた。アルジェントは既に競技場から出て後続の馬車に乗っている。一緒に競技場から出てくると思っていたのだけれど、迎えた私達がアルジェントの一戦勝利を労ってから問えば『先に行っててと言われました。』とだけ教えてくれた。何があったのかは彼も詳しくは知らないようだ。


ラングのことと、もう一つ気になるのがラングの試合が終わった後に真っ先に客席から離れたのがガーライル伯爵だったこと。父と何やら意味深な目配せをしたところまでは分かったけれど、父は私に不安を感じさせないようにか何も言うつもりはなさそうだったし、ガーライル伯爵は席に戻ってくることはなかったし。





「叔父上、彼が何故あんなに怒りを見せていたのか知っているのですか?」


「知らないよ。けど、予想はつくかな。」





父が目を向けるのは隣に座る私。


話の流れから私がラングの怒りに関係しているのだろうけれど、私に分かるのはラングの相手だった参加者が伯爵家の推薦だったことと、その参加者は普段、伯爵家の子息の護衛をしている者だということ。


その伯爵家との面識は薄いし、茶会で何度か顔を見る程度で挨拶をする間柄でもない。試合が始まる前の雰囲気を見るに、ラングに何か相手が言ったと見るべきだろう。




「リリルフィア、ラングを叱らないであげてね。」


「叱る必要が見当たりませんわ。ラングは厳正なる審判のもと、勝ちを手にしているのですもの。」


「試合の結果じゃなくて、ラングが我を忘れて相手に向かっていったことに対してだよ。」





父の言葉に私は目を瞬いた。


考えなかったわけではない。冷静さを欠いたことに対して、彼を雇っている立場の私は彼を叱る義務がある。その理由が何だったとしても、先ずは彼の行いについて話し合わねばならないだろうと思っていた。




「私が理由ならば、私のことを思って不必要な刃を向ける必要はないと…ガーライル伯爵が止めるほど大きな力ならば私の護衛としてはあまりにも大きすぎるのではと、言うつもりでしたわ。」




私の言葉に父は一つ頷いた。それは肯定とは少し違う意味合いに感じられて、私は父の言葉を待つ。





「きっとそれはマックがしてくれるから。だからリリルフィアはラングを褒めることだけをしてあげて。」





険しい表情で席を立ったガーライル伯爵。


審判の試合開始の合図と同じくらい、ラングが自身の剣に触れるだけの構えには見えない立ち姿を揺らめかせたのと同じくらいで伯爵はラングの異変に声を上げていた。


今誰よりもラングの通常にない姿の理由や原因を知っているのは伯爵なのだろう。





「ラングをマックが指導している頃に聞いたことはあったんだ。ラングの才能やその危険性、ラングが自分の実力をきちんと抑え込めることも。それが何をキッカケに抑えられなくなるのかも。」





私の知らないことが沢山ある。


騎士になるため、そして騎士として歩んだ時間を私は知らない。父の言葉に私は深く呼吸してから、父と目を合わせた。





「そうですか、分かりましたわ。私では剣の道については分かりませんもの。ガーライル伯爵にすべてお任せいたします。」


「良いのか?リリーには事情を聞く権利はあると思うけど。」





リオンの言葉に私は頷く。


権利もあるし、雇い主としてラングの事情を知ることは義務でもあると思っている。けれど私はラングと同じ立場で話を聞くことはできないから。


きっと、全てを聞いてもラング自身に対して私が最適な言葉を贈ることはできないから。


だから、知らなくてもいい。





「知らないことがあっても彼と過ごした時間は変わりませんわ。私にとってラングは幼馴染で領民で、私の騎士であることは揺らぎませんもの。何を知っても、知らずとも。」





父の言うとおり、私は勝利を褒めることに徹しよう。ラングが戻ってきたときに彼らしくなかったら、その時に話を聞けばいい。





「リオン、リリルフィアの周りに人が集まる理由がわかるだろう?」


「ええ。とても。知ることばかりが関係を深める方法ではないのですね。」





父とリオンの言葉は、私には脈絡のないものに感じられて思わず首を傾げる。


すると笑って父も、そしてリオンも私の頭を撫でるのだ。この二人は高い頻度でこうやって私の頭を撫でる。まるで何も知らなくていいとでも言うように。


自分から知ろうとしないのは、相手が話してくれるまで待つことや知る必要がないと感じているだけではない。


もしも相手の全てを知ってしまったとき、自分自身が大きな隠し事をしていることに対して後ろめたさを感じずにはいられないからだ。


蟠る黒い靄のような何かを感じながら、私は何度も、何度もことあるごとに感じているそれを、抑え込んで蓋をした。



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