音の無い応援
高い音を響かせて胴を狙った一撃を避ける。長い槍は、近づかなければ長剣での攻撃も難しいと教わった。
けれど不用意に接近を試みれば、突くだけでなく薙ぎ払うことにも有用な斧のような形状で迎え撃たれることはガーライル伯爵家で経験済みだ。脇腹に当たると暫くまっすぐ立てないくらいには痛い。
相手は余裕そうに笑って手数を打ってくる。右、左、左、と躱していれば油断を許さないように足や頭を狙って真横に払う。
「威勢よく走ってきた割に、防戦一方かよ!!」
挑発するような言葉は、一番相手にしてはいけないもの。乗ってしまえば相手の思うつぼだというのは、自分の剣技が見つかるよりも早い段階で教わったことだ。
黙っている僕が気に入らないのか、舌打ちをした相手は余裕そうな笑みを不快そうに歪めて攻撃の手を早めた。
「ちょっと目上の貴族に雇われただけで!いい気になってんじゃねえぞ!!奇妙な色の髪しやがって!!」
“ちょっと目上の貴族”?
何のことだろうと首を傾げそうになる前に相手から足に向けての攻撃が繰り出される。それを飛んで避けた時に思い出した。この一線が始まる前に聴こえた相手の名前。
推薦者と同じ家名を持った、爵位もある、目の前の人はお貴族様だ。
言葉からして子爵位から下の家の人なんだろうけれど、平民の僕とお貴族様。この勝敗は後に響くのかな。
「平民が俺に勝ってみろ!お前の雇い主は罪の無い貴族相手に刃を向けたと同じだからなあ!!」
薙ぎ払うのと同時に叫ばれた声は僕に避けることを戸惑わせ、咄嗟に剣で防ぐことに切り替えた。
少し考えれば、この催しに参加している時点でどの貴族も目の前の彼が言うような“相手に刃向けた”ことになっていると分かる。
しかし一瞬でもその戸惑いを、武に通ずる相手が見逃すはずもない。次々に繰り出される攻撃の合間に、目の前の相手は口を動かした。
「主人が大切だろう?ほら、無駄な足掻きを辞めてさっさと俺に負けてしまえ!あっちにいるのがお前の主人じゃないのか?心配そうに見てんじゃねえか。」
向けられた方向には確かにハルバーティア伯爵家の方々が。その前列にネルヴたちが座っている不思議な状態だったけど、旦那様とリオン様に挟まれたお嬢様はすぐに分かった。
両手を握りしめてこちらを見るお嬢様の、不安そうな瞳と目があった気がする。
その時、お嬢様の口の動きがハッキリと見えた。
「ーーーーーー」
ああ。やっぱりお嬢様は、目の前の相手が言うようなことなんて気にしない。
パッと開けたように感じる視界は悠然とこちらに手を振っている旦那様や、目を細めて僅かな怒りを感じさせるガーライル伯爵も見えるようになった。
視線を前に戻せば、歪んだ笑顔の相手の繰り出す槍が迫る。
「黙って負けてろ!!」
「いや、です!」
顔を狙って突かれた槍を横に避けると、相手は僕が油断していると思っていたのか驚いたような表情を見せた。
相手が槍を戻して体制を立て直す前に一歩踏み出し、真横に剣を振る。しかし槍に対する剣の攻撃には慣れているのか、少ない動きで躱される。
「足掻いてもどうせ負けるだろうがあ!!」
大振りで僕の頭を狙った一撃。
今までで一番力の入ったソレは、訓練用で刃が研がれていなくても僕を倒れさせるどころか意識を刈り取れるだろう鈍器になっている。
けれど、大きく振られて力が入っているからこそ、ちゃんと軌道が見えた。
下に避け、低くなった体勢のまま相手の足を蹴り払う。勢いが殺せなかった槍と崩された足元に相手の体が振られ、そのまま地に沈んだ。
「くっ…そがあ!!」
低い声は怒りを孕んでいるけれど、起き上がろうとする相手の首元へ剣を置けば審判として競技線の隅に控えていた人が手を挙げる。
「勝者、ハルバーティア伯爵家推薦、アルジェント!!」
歓声が大きくなり、相手が僕の剣を掴んで払ったことで僕は剣を仕舞う。何か言われるかと思ったら、相手は僕を睨むだけでそのまま背を向けてこの場から去っていった。
僕は戻る前にと一度だけ目を後方の客席へ。拍手をしてくれているハルバーティア伯爵家やガーライル伯爵家の方々へ向けて深く深く礼をすれば、勝てたことの実感が湧いてきた。
嬉しさから頬が緩み、手を振ってくれているネルヴに小さく振り返しつつ、お嬢様へ視線を固定した。
「怪我、しませんでした。」
歓声の中、聞こえるはずもない呟き。お嬢様の勝敗を気にしていない口の動きが僕に力をくれた。怪我しないように、勝てるように。
『ケガシナイデ』
見間違えていたとしてもいい。
違う言葉だったとしても、音がなくても、お嬢様がくれた言葉なら何だって僕の力になるから。




