開催
昨日は私事により急遽、投稿をお休みしました。更新されていないことに戸惑われた方も多いかと思われます。大変申し訳ありませんでした。
これは22日投稿分です!
王都の人々が一つの競技場に集結した。
中央から階段状に後方ほど高さがある競技場の造りは、誰もが何処にいても競技を見られるようにと建設者が考えたものらしい。その後方の席の、更に後列に陣取った私や父、リオン他数名は競技が始まるのを待ちながら前方で繰り広げられている賑わいを眺めていた。
「民が見ることは予想していたけど、こんなに集まるものなんだね。」
「貴族家の推薦した者の中には平民もいると噂が立っておりましたよ。そうでなくとも王家が主催する催しですからね。それに、前方が安価な席というのは国中回ってもこの競技場だけでしょうから。」
通常、競技場の前列は貴族席として広い範囲が確保されている。当然その席は高額で、平民は後列の見えにくい席を買わざるを得なくなるのだが、貴族席のすぐ後ろから後方へは順に金額が異なり前列ほど高い。
しかし、この競技場は前方と後方で分けられ金額も二種のみ。前方のどこに座っても金額が変わらないとなれば、安価な前列は入場すれば早い者勝ちの争奪戦だ。
入場者は犇めき合い、次々埋まるベンチは明らかに許容を超える人数が座ろうとも押し合って、少しでも近くで見たいという気持ちが伺える。
「民の賑わいに比べて、穏やかなものだな。」
「品性を重んじれば自ずと、と言うべきですわね。そもそも、争う席も既に決められていますし。」
前方に対して我々の座る後方は一席一席に番号が振られ、隣席と余裕のある言わば指定席。疎らに座った紳士や夫人は、日傘やオペラグラス片手に始まるまでの時を歓談しつつ時を待っていた。我々も同じだ。
催しを一目見ようと集まっているのは同じなのに、この温度差。
「前方も席を指定してしまえば良いのではないですか?」
私の前でこちらを振り向きながら首を傾げるのはネルヴ。
確かに指定してしまえば争いは生まれまい。けれど、指定していないのにも理由があるのだ。
「指定したらきっと、前で見たい貴族が買い占めてしまうわ。買い占める席が無いからこそ、ああして民が前で見ようと賑やかになれるのよ。」
“席を買う”という考えの貴族は、連れている人数を超えた席数を購入して一帯を占拠する傾向にある。それを防ぐために、他の競技場では前方を貴族席として売って後方の席への興味を削いでいるのだと思われる。
この競技場は後方を指定席とし、席の間隔も他と差別化して貴族に好まれるようにしているが、後方であることに変わりは無いので、買い占めて占拠しても特に旨味はない。
私の説明に、ネルヴは何度か頷いて顔を前に戻した。が、再びこちらを見た彼は何かに気が付いたように前方と父を交互に見ている。
「ああ、分かりましたか。」
ネルヴの姿に笑みを見せたジャニア。
その楽しそうな顔は、彼がアルジェントをからかう時のそれと変わらない。誰もがそれに気付いていた。ネルヴ自身も。
不安そうな顔をするネルヴに助け舟を出したのは席を買った父。ジャニアを「その辺にしておきなよ」と宥めると、ネルヴへ優しい表情を向ける。
「兄の雄姿を、落ち着いて見たいだろう?立っていると周りの方々に迷惑もかかるしね。」
最初は使用人が同席するなんてとリンダも渋っていたのだけれど、いくら貴族家の者が買う席で間隔が開いていようが、その場に立っていれば周りに迷惑だ。
次いでならば後列に座ろうとした彼らだったけれど、階段状の席は後列が高くなる。これには使用人も席に着いて観ることを知っていたジャニアも苦笑いで「どうしましょうか。」と父にお伺いを立てていた。
結果、話す時に後ろを向かねばならないのはちょっと…という父の出した理由から、今の席に落ち着いている。因みに他の貴族家の使用人はというと、主人の座る席のある段の隅に控える形で壁際待機のようだ。
「ありがとうございます。」
深々と、ネルヴは父に頭を下げた。
満足そうに頷く父も、アルジェントが催しへ参加することに決まった時のネルヴの喜びようを知っている。だからこそ使用人たちを席に座らせることにしたのではないかと私は予想していた。
一際大きな歓声が会場に響き渡った。
その声に促されるように前へ目を向けると、円形の競技場でも観客席の置かれていない一角、我々の真正面に位置する場所の高い位置から複数の人物が見える。
賑やかな先方に対して、手を振るその尊き方々の姿を認識した我々後方に座っていた面々は、すぐさま席を立ち腰を落とした。
前方の民は貴族家の誰もが平伏する姿に気が付かない。
私は空気の差に、貧富や階級とは違う“差”が見えた気がして、不思議な気持ちだった。歓喜と歓声の響き渡る競技場は、現れた尊き方々が席に着いたことで多少音が穏やかになり、我々貴族家も目上の人物が座ったことで席に座り直した。
現れた此度の主催、王家の言葉がこの大きな会場に響き渡ることは難しいとの判断だろうか。中央に現れた一人の男性が手を挙げると観客は落ち着きを見せ幾分音が静まる。それを見計らうかのように中央の男性は高らかに声を上げた。
「これより、“穣喚の武闘”を開催する!!!!」




