公平と不公平
「アルジェントも、ガーライル伯爵家仕込みの剣だもんなあ…」
「公平さで言えばラングと張れるくらいには不公平じゃないか?」
「模擬戦やった時、凄かったもんな。」
兵たちが口々に囁やきあう言葉を拾って、なんとなくだが父たちの表情の理由はガーライル伯爵家に起因しているようだと知る。
王家へ忠誠を誓うガーライル伯爵家。ガーライル伯爵は騎士団に所属していないにも関わらず、王宮や騎士団の詰め所へ足を運んでいる特殊な人物だ。そんな人の指導を受けたガーライル伯爵家の兵たちは騎士団に数こそ劣るものの、個々の実力は騎士団からお誘いが来るほどらしい。
私が目にしたことのないラングやアルジェントの実力は、その道を知るものならばこの度の催しで“不公平”と言われるほど高いものなのはわかった。
そこで、私は一通の手紙を思い出す。
「けれどお父様、ガーライル伯爵も催しに二名参加者を推すそうですわよ?」
先日届いたメイベルからの手紙には、年越しを祝う言葉に続いて王家の催しについても綴られていた。流石はガーライル伯爵の娘というべきか、読むだけで楽しみにしていることが分かる文章だった。その中に、【お父様も自分が育てた二名を押すそうですの!】とあったのだ。
私の言葉に父は光明を見たとばかりに体勢を正して一つ手を打つ。
「うん。アルジェント、参加者決定!」
その変わり身の速さに言葉を挟む者は居ない。
ただ、アッサリと決まった一人目に不満げな顔をしているのはラングで、自身が駄目と言われている参加を認められたアルジェントが羨ましいのだろう、言葉こそ発しないけれど視線の圧が凄い。
「ラング。一つ聞くけれど、貴方が催しに参加している間の護衛はどうなると思う?」
半分は悪戯心だ。
ハッと私を見たラングは途端に草花が萎れるように顔を俯けて「そうですね…」と弱々しく呟いた。その諦めたような声に思ったのは、試すような聞き方をしたのは自分だけれど、ここまで気落ちするほど催しに参加したいのだなという微笑ましさ。
いつも頑張ってくれている護衛騎士に、少しばかりの楽しみを叶えるのもいいだろう。
「お父様。表向きには騎士団が参加出来ないことは明記されていませんわ。でしたらラングも参加で問題はありませんでしょう?」
「だけどリリルフィア、ラングには参加する必要性が無いよ。王の目に止まることも、強さによる誉れも、既にラングは持っているからね。」
得るものや必要性ばかり上げていては切りが無い。
それに公平さを追及しても、結局の所経験値や境遇や様々な要因から、人々が本当の意味で公平になることなどありはしないのだと私は思っている。ならば、一人の実力者を多くの参加者が集まる場所に紛れさせても問題はないだろう。
父たちはラングに備わった実力が抜きん出ていることも理由として考えているが、他の推薦者がどんな参加者を選ぶのかも分からない今、“ラングが一番強い”と確定してはいない。これを言うと要らぬ波風を立ててしまいかねないので、私は手紙にあった催しの目的を父の説得のために口にした。
「催しは【飢饉と闘い、豊穣を勝ち取る意味合い】なのでしょう?意欲のあるラングはこの催しに適しているではありませんか。」
父は私の言葉を聞いても渋い顔のままだった。
結局参加者はアルジェントのみが決定し、もう一人は父の裁量で決めることとなり、その日は兵たちもそれぞれの持ち場に戻した。
王の意に沿う為に最良の選択をせねばならないだろうと父が考えているのは知っている。手紙に綴られていた文章だけを上げてラングも参加できるよう説得した私の言葉はどれだけ響いたのか、分かったのは事前に決まっていた王都へ向かう日の馬車の中。
ラングが馬に乗って並走しているのを眺めながら父は、自らの決定を疲れた表情で告げた。
「見えないことを考えるのは疲れるね。リリルフィアの言った催しの意味合いも、正しく王の言葉で間違いない。だから悩んだけど、アルジェントとラングに飢饉と闘ってもらおうかな。」
道程の最中の休憩時、ラングに話せば父に飛び掛からんばかりに歓喜し、ジャニアに叱られ、リオンに同行する形だったトレビストと二人で笑い合っていた。
王都に到着し、レイリアーネから届いた手紙に綴られた【叔父上も推薦者としてモルセフ様を参加させるそうですの。】という文を読み、恐る恐る父にそれを見せた時の父の脱力した姿は、当分私の頭の中に残ることだろう。




