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変容と確信


「お客様とアルジェントの行動や会話は全て胸の内に秘め、けして口外致しません。」




誕生日を祝うパーティーは終わりを告げ、現在私は侍女を前にその強い眼差しを受け少々気圧されている。


彼女を呼んで数分、私はまだ目の前の侍女に何一つ件についての言葉を掛けていない。それでも先手を打たれる形で告げられた言葉に嘘や意志の弱さは全く見えず、確認するように侍女の後ろに控えるリンダへ目を向けると頷いて彼女の言葉が信頼に足るものであると推した。





「分かっているのなら良いわ。けれど、私が呼んだ理由が何故箝口令だと思ったの?」


「勘です。」





何よりも曖昧な理由を、これだけハッキリと言葉に出来る彼女は凄いと思う。予想していなかった回答にゆっくりと二度ほど瞬きしてから、私は改めて目の前の彼女を見る。





「その勘が、間違っている可能性は考えなかったの?」


「このタイミングで私をお呼びになる理由は一つだけ。そして私から事情を聞いたとして、お嬢様がお客様やアルジェントの不利になるような事を見逃すはずがないと判断致しました。必ず、箝口令は敷かれるだろうと。それに、アルジェントに限ってお嬢様以外のご令嬢となにかあるとは思えません。」





勘だと言い切る前段階で、彼女が多くの可能性と私が取るだろう行動を予測していたことを知る。


そして最後に出たアルジェントに対する好評価と取れる言葉に、思わず目の前の彼女をまじまじと見つめてしまった。





「…アルジェントが屋敷に来た当初、彼を嫌悪していたとは思えないわね。ユレナ。」


「そ、れは…私も、当時のことについては深く反省していまして…」





眉を垂らしている姿からするに、反省や後悔をして今の彼女が在るのだろう。リンダも何度か頷いてユレナの行いと反省を肯定しているので、当時はしっかりと言い聞かせられたようだ。


汚れたあの時の彼を、枷をつけたあの日の彼を嫌悪の眼差しで見ていたがために、当時私はユレナをその場から出した。あの日は『表情が出やすいことが不利になる』と指摘したが、ユレナは当時と比べると表情どころか考え方自体が変わったように見える。


今まで彼女の変化に気付いていなかったわけではないけれど、こうして面と向かって言葉を交わすことが無かったこともあって彼女自身の言葉で聞く機会はなかったのだ。





「反省し、行動を改めたことは知っているわ。今ではアルジェントとネルヴを一番気にかけているのは料理人たちと貴女らしいじゃない。」





料理人という職業柄なのか、飢えていたり貧弱な者を見るとなにか作ってあげたくなるらしい我が家の料理人たちは、アルジェントを雇った当初から彼に甘かった。


そしてユレナは初めアルジェントを避けるようにしていたと聞いているが、日を追うごとにその態度が軟化したという。ネルヴが我が家に慣れた頃には、彼に餌付けのように街で購入した菓子類をあげている姿が目撃されたとかいないとか。


全部聞いているわよ、と目で訴えると顔を赤くしたユレナは俯いてしまった。それでも微かに聞き取れる声で言い訳のように何やら言葉を紡いでいる。





「仕方がないじゃないですか、あんなに頑張っている姿を見せられたら誰だって絆されるでしょう。と言うより、彼らに甘いのは私だけではないはずですよ、ガブリルだって庭師だって…」


「責めているつもりはないのよ、だから顔を上げてちょうだい。もう何も言わないから。」





少し言及しすぎたようだ。


アルジェントに関する言葉はもう言わないことを告げると、ユレナはおずおずと顔を上げた。私が何も言わないのがわかったのか、再び姿勢を正して取り繕うようにコホンと一つ咳払いをする。





「現在はアルジェントのことを正しく評価しているつもりです。彼のハルバーティア伯爵家への忠義は私だけでなく使用人の殆どが一目置くほどですし、何よりご令嬢と故意に親しくなるような器用な性格では無いかと。」


「ユレナの気持ちは分かったわ。件の会話を聞いても貴女がそう思っているのなら、私から命じるのは口を閉ざすことだけよ。」





これで話しは終わりにしよう。そういう意味を込めてユレナへ頷けば「…内容はお聞きにならないのですか?」と首を傾げる。


会話の結果を知るためには内容を聞くのが最善かもしれないが、アニス、ユレナといった第三者から聞く前に、まず当事者たちから聞くべきだと思った。そしてティサーナは、アルジェントと話した後に私と会話する中で、アルジェントとの会話の内容は口にしなかった。


一般的に男女の間に交わされた物事を知る場合、女性の意思に沿う方が後々禍根を残さなくて済むと私は思っている。ティサーナが何も言わなかったのなら、アルジェントからも私から聞くべきではないだろう。


そうなれば自然と、私はこの件について何も知ることはなく、ティサーナ自身からは“会ってお礼が言いたい”という望みした聞いていないので、この件についてはこれで終わり。





「ご令嬢が関係していることだから、彼女が何も言わないのならこの件について私から言うことや聞くことはないわ。」


「…承知致しました。」




一瞬ユレナは視線を床に落として何か模索するような仕草を見せた。その後には侍女らしい指導を受けた美しい姿勢で退室の礼を見せる。


彼女が出ていくのを見送ってから、私はティサーナの表情とユレナの表情が似通っていることについて考えた。


ティサーナとアルジェントの件には関わるべきではない。けれど、どうにも周りは私の行動を伺っているような気がするのだ。


アルジェントとティサーナが偶然再会し、ティサーナが礼を言って終了。そうはならないのだろうと、私は何処かで確信していた。





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