贈る物と贈る者
青いドレス、白いレース、耳や首に光る銀の装飾。
色調こそ変わり映えしない瞳の色に合わせた衣装ではあるけれど、デザインや使われる素材は全く異なり、それだけで目新しさを感じさせるのは職人技と言うべきだろう。
誕生日当日を迎え、天気は晴天。
『お嬢様の日頃の行いが良いからです。』と真顔で言い切ったリンダには、今日まで雨が降る気配もしていなかった事実を伝えた。
「そこの彼の誕生日には、前日雲一つ無かったにも関わらず大雨が降ったという前例がありますので。」
「…そんなこともあったわね」
ラングはシーズン半ばの暑い時期に誕生日が来る。雨季でもないのにいきなり大雨が降ったものだから、タウンハウスに居た誰もがラングの誕生日だからだと彼をからかっていたのを思い出した。
次の日にはカラッと晴れて、それもまたラングをからかう一助となってしまっている。
「アレは俺もびっくりでした!でも今日は晴れてよかったですね、パーティーですから!」
「そうね。天気が悪かったら招待した人たちに申し訳ないもの。」
天候は主催するハルバーティア伯爵家のみならず、招待した方々に大きく影響してしまう。冬という寒い時期なのだから尚更、今日まで晴天が続いてよかった。
談笑していると、コンコンと扉が叩かれる。返事をすれば顔を見せたのはメイベルで、スラリと細身のドレスを纏う彼女は「おはよう」と昼の近い現在には少し不似合いな言葉を口にした。
「おはよう、ございます。…もしかして、今まで寝ていましたの?」
「そうなのよ。起きたら椅子に座っていて、ドレスもお化粧も完璧に仕上がっていて驚いたわ。」
寝ている彼女を完璧に仕上げたであろう、メイベルと一緒に部屋へ入ってきたトアンに目を向ければ、彼女は笑顔で会釈するのみ。
十中八九彼女だろうが、何をされても起きなかったメイベルもメイベルだ。
彼女たちは昨日から我が家に泊まって居るのだが、メイベルの夜ふかしが苦手な所は全く改善される様子もなく朝が弱いことも然り。私は彼女が夜会に出席させてもらえない理由の一つにこの辺りが含まれているのではと考えている。
夜会で眠そうな令嬢を見れば、不届きな殿方が何を考えるかなど想像に容易い。今も昨日早く寝たのに昼前に意識が覚醒したと話しているのを見るに、可愛いメイベルが夜会へ出席出来るようになるにはもう少し先になりそうだ。
「私のことはもう準備出来てるのだから良いの!それよりリリルフィア、やっぱりその装飾を選んで良かったわ!とても似合ってる!」
強引に話を変えたメイベルは私の首元や耳に目を向ける。これらはメイベルからの贈り物で、昨日手渡されたかと思えば『青いドレスならきっと合うから!』と言い添えられた。パーティーの為に用意したドレスが青色だと教えていないのに知っている彼女にトアンとリンダ、ラングが揃って目を逸らしたのには笑ってしまった。
青色のドレスに合う銀の装飾は、流行り廃りに関わらず宝石が使用されるのが一般的な意匠の根底を覆すかのように全て銀細工のみ。
花を模した細工は一見レースのように見紛うほど繊細で、その細かさから日に当たれば宝石が散りばめられている物と遜色無いほどに輝きを放つ。
「お嬢様の美しさを損ねない、素晴らしい逸品です。」
「そうでしょう?一緒に選んでくださった方も、リリルフィアのイメージにピッタリだと思うって言ってくれたわ!」
「“選んでくれた方”?」
気になった言葉をオウム返しのように繰り返せば、メイベルは私の疑問を深めるかのようにハッとした表情を見せた。
友達、と表現するには“方”と目上のような言い方。
伯爵家の令嬢であるメイベルだ。彼女の目上となれば年齢的に大人であるか、家格が勝る家柄か。
「もしかして、タチエラ様?」
「え、あ…そう!そうなの!」
侯爵家でメイベルの母エマとも仲のいい夫人が思い浮かび口にすると、メイベルはぎこちなく肯定した。
彼女の態度は違和感が多いが、肯定して誤魔化そうとするならば私に知られたくないのだろう。誰であろうとこんなにも美しい贈り物を選んでくれた相手に変わりはない。それにメイベルの他者を見る目を信頼しているので、私は言及せずに頷いた。
「そうですのね。メイベルからお礼を言っておいてくださると助かります。“とても美しい品をありがとうございます”って。」
「…わかった。きっと伝えるわ。」
安堵を見せたメイベルは、私の言葉に強く返事を返す。
お礼が伝わる相手が誰なのか、それを私が知る日が来るのか、分からない事柄に蓋をするように一度ゆっくりと瞬きすれば、メイベルから「…ありがとうリリルフィア。」と言葉が聞こえた。
「お礼を言うのは私の方ですわ。こんなに素敵な贈り物を頂けましたもの。」
「…そうね。」
それからは何事も無く、父やガーライル伯爵夫妻が私たちの様子を見に来るまで世間話に花を咲かせた。
 




