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聞いていない


「伯爵は子離れをした方が良いのではないかしら。」




強く抱き締め抱きしめられる光景を目にしてか、呆れを顔に滲ませた侯爵夫人は優雅にカップに口をつけて喉を潤す。


そして目を向けたのは父と私を通り越して、茶会が始まってから殆ど言葉を発していないラングだった。




「リリルフィア嬢の専属騎士なのですって?タチエラから聞いています。」




まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。


父から逃れようとしながら侯爵夫人を見ると、私の視線に気づいた夫人が「エマとも友達よ、嫁ぐ前からね。」と補足を入れる。


子供ができても変わらない美しさを誇っている夫人たちだ。嫁ぐ前からということは母も彼女たちの輪に加わっていたと予想できる。今でも社交の場を彩る花々であるのだから、さぞ美しい面々であったことだろう。


今の夫人たち、そして肖像画に描かれた母を思い浮かべて侯爵夫人へ相槌を打つと、夫人はラングへ再び声をかけた。




「騎士団に居た頃よりも、活き活きしていますね。」


「おや、夫人はラングと会ったことがあるんだ?」


「ええ。王妃たちに王宮へ招かれた時、騎士団の訓練を他の夫人たちと見学させてもらって。」




王妃“たち”という並んで呼ぶことの許される人物を指す言葉だけで、王の妻たちの関係性が伺える。


第一王女、そして第三王女レイリアーネの母である王妃。それに第二王女と第四王女の母である側室の二人が現王の妻であることは国の者なら誰でも知っている常識だ。けれど女性たちの仲は噂で語られるのみで、真意を知る者は少ないだろう。


何と無しに口にされた言葉であっても、前の人生で読んできた、そしてこの国の歴史で綴られている殺伐とした女性たちの戦い。それが現王の妃たちには無いことを知れるだけで、胸が軽くなるというものだ。




「彼が子爵という地位も得た後だったから、夫人たちが娘の相手にと狙っていたのをよく覚えています。」




真偽を確かめる訳でもないけれど、ラングが気になって目を向ければ大きく首を横に振っていた。今日はこの仕草をよく見るわね。


ラングのその反応にキョトンと目を瞬いた夫人は、首を傾げてラングに問う。




「知らないの?何方かが見合いを打診したと伺っているけれど。」




何それ知らないわ。


良縁があるなら騎士団を辞めるなんて暴挙に出なくても良かったのではないか。ハルバーティアへ戻ってきてくれたのは嬉しいが、彼を雇う時に見合いの打診を受けていたことを聞いていたならば、また私の出した答えは違っていたかもしれない。


目を細めてラングを見れば、見合いの打診を受けている側の筈のラングが驚いた表情をしていた。まるで今知ったかのような反応に私達は首を傾げる。




「…知らなかったの?」


「何のことですか!?見合い!?」




本当に知らなかったようだ。どういうことだろうと父を見れば、何故か顔を逸らされる。


私から目を逸らせば反対側には侯爵夫人が居る。


父の表情を見て、侯爵夫人は悪戯っぽく笑みを作った。





「あらなあに?何か知っていそうね伯爵。」


「…いや、何もしてないよ?してないけど…」





チラリとこちらを見る父に、懐疑的な目をしてしまう。私の知らないところで起きたことだ。特に何も言うつもりはないけれど、ラング自身も知らないラングの見合いの事を父が知っているという時点で怪しさ満点。





「私が聞いては問題がありますか?お父様。」


「う゛…そうでは、ないけど…」




私を見て、侯爵夫人を見て、ラングに目を向けた父は最後に席に着いた全員を見回した。


この場で言うのが憚られるかに思えたが、父は諦めたように一言で答えをくれた。




「ラングが断ってるんだよ。」




その答えに首を傾げるのは無理もないだろう。


本人が知らないのに、どうして断れるというのだ。勿論見合いの件を知らなかった本人は疑問が多くあるようで頭を捻って難しい顔をしている。


そこまでで、侯爵夫人が「まあ、もしかして!」と声を上げた。


楽しそうに父へ何か耳打ちすると、父は深く頷き侯爵夫人は笑う。




「なるほどね。確かに“見合い”をした上で断っているわ。」




全く分からなかったのは私だけでは無かったらしい。カルタムもアンシェールも、そしてティサーナも私と同様に首を傾げており、そんな中でオストレ伯爵はハッと何か気づいたような表情を見せた。




「“見合い”って、釣書じゃなくて対面ですか?」


「…正解。」




オストレ伯爵の言葉に頷いた父。それを受けてラングと歳がさほど変わらないだろうオストレ伯爵は、しげしげとラングを眺めた。




「気付かないのも、珍しいのでは?」




その言葉にも首を傾げるラングに、大人たちは苦笑いするだけだった。



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