常緑の茶会
地が石畳で整えられたユグルド侯爵家の温室の中心には、天井のギリギリまで枝葉を伸ばし、しっかりと根を張る樹木があった。既視感のあるそれを見上げていると、クスリと笑った父から「封蝋の」と殆ど答えと思われるヒントをくれる。
「ユレグタスという樹です。賜ったユグルドという名の基となった聞いていますが、それ以前から我が家の象徴だと父からは言われています。」
ユグレタスの大きさを感じられるほど近くまで向かうと、木の根を邪魔しないようにかユグレタスから一定の距離には石畳が無く、その代わりに高い位置でウッドデッキが作られていた。
ティサーナは軽やかに階段を登り、登りきったところで私達を振り向く。
「本日はこちらで、茶会を楽しもうと決めておりました。どうですか?」
父にエスコートされながら登った階段の先には、木漏れ日が柔らかく差し込む中に置かれた長テーブル。椅子は全部で八脚あり、近くにはどうやって運んだのか気になるワゴンと、頭を下げた侍女が静かに佇んでいた。
高い位置から見るユレグタスは枝葉がウッドデッキから触れられる位置まで伸びており、それでも天井まで高さのある木は迫るような印象を受ける。
率直に言って、凄い。
しかし…
「普段招かれる茶会とは、趣がかなり異なるね。」
父から囁かれた言葉に、私は控えめに頷いた。
貴族の令嬢が好むのは庭園に美しく彩る花々や、きれいに整えられた芝の上で優雅に頂く美味しくも豪華な茶や菓子だ。
もしもこの場にそちらを好む令嬢たちが来たとなれば、簡素や素朴といった印象を受けるだろう。最悪の場合、基本的に異性を同伴する必要は無いとされる茶会で、エスコートが必要な階段のある場所を選んだと眉を寄せられる可能性もある。
「もしかして、お気に召しませんでしたか…?」
伺うような言葉にティサーナを見れば、両手を体の前で握りしめて不安そうにする姿があった。
彼女が自ら茶会を開くのは初めてではないと思うのだが、奇を衒ったのだろうか。いや、もしそうならこんなにも不安そうにはならないだろう。
『茶会を楽しもうと決めていた。』と彼女は言った。それが本心で、彼女がこの場所を選んだ理由なのだ。
「ユグルド侯爵令嬢は、この場所がお好きなのですね?」
「…!はい!」
パッと花開くように笑顔になったティサーナはとても美しい。
好きな場所を、彼女は招待した者達と共有したかったのだろう。だからこそ不安そうな顔でこちらの反応を伺っているのだ。
私は父に一度目を向けてから、ラングにも目を向けた。父のティサーナを見る目が優しいのは勿論のこと、ラングなんて今にもウッドデッキの上を動き回りたそうにワクワクとした顔をしている。
ハルバーティア伯爵家に、貴族らしさで凝り固まるような思考の持ち主は存在しない。
「とても、素敵ですわ。ね?お父様。」
「そうだねリリルフィア。今度、我が家でも樹の下で茶会をしてみる?」
私たちの言葉にティサーナは安堵の表情を見せ、木の床板を鳴らして私達を椅子へ促した。
長テーブルでの席順は主催が奥、そこから手前に向かって家々の格で決められるのが一般的。私達はティサーナと一つの椅子を挟んだ場所に隣同士、横並びで座るよう案内されたので、そこからどんな相手が招待されているのか大まかな予想が立てられる。
同じ序列であれば基本、早く到着した者から座っていく。とすれば侯爵家以上の何方かが、少なくとも二組父の隣とその対面に座るだろう。
同伴する者がいれば基本、私たちのように隣同士に座る並びになるだろうから。
「リリ様、リリ様!」
ユグルド侯爵家と懇意にしている家々を思い出していれば、父とは反対の隣から声が。そちらを見るとラングが落ち着き無く周りを見ていて、その様子だけで集中力が切れたのだとわかる。
きっと、思っていた緊張感のある場所では無さそうだと判断したのだろう。雰囲気はラングの過ごしやすい場所であったとしても、侯爵家の茶会に変わりはないのだけれど。
「ラング、どうかしたの?」
「アレ、アレ!!」
指したのは温室の入り口。
私の座高ではよく見えなかったので父を向くと、父は私の言いたいことが分かったかのようにラングの指した方向を代わりに見てくれた。
そして、パチパチと驚きに目を瞬く。
「あれは…公爵の…」
聞こえた爵位に私は急いでラングが入り口へ向けていた指を下げさせた。人物に向かって“アレ”と呼称したのは、後で注意しなければ。
いつの間にかティサーナの姿は無く、温室の入り口の方向から声が響いていた。
「こちらですパルケット公爵子息。来てくださっている方々も席についてお待ちいただいていますので。」
「なんというか、珍しい場所だな。嫌いではないが。」
ティサーナが案内したらしい人物の姿が見えた時、私達は立ち上がり礼の姿勢をとる。父からは爵位しか聞けなかったが、公爵であれば私達が座っているわけにもいかない。「ああ、頭を上げてくれ。」と声がかかってから、ゆっくりと顔を上げて相手を見た。
焦げ茶の髪と、アンバーの瞳。
いつか見たその色。けれどそれを持つ眼の前の人物は見慣れない姿で「ハルバーティア、伯爵?」と声を上げた。




