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忠義の定義


「リリ様あぁあ!!」




大きな声が屋敷に響いた午後の一時。


リンダに淹れてもらった茶で一時の休憩時間と称した父とアルジェントとネルヴとのティータイムは、声に誰もが動きを止めたけれど、その声が誰から発せられたものか気付くと再び何でもないように動き始めた。




「今度は何だろうね?」


「ラングの行動を咎めるよりも、私達が慣れてしまいましたわね。」




先日は何故かジルから逃げていた。


その前は料理長から逃げていた。


いつまで経っても子爵位を有する貴族らしさが身につく気配も無いラングに、とうとうリンダも怒ることをやめてしまった。


言い訳のように『ラングですからね』『ラングだもの』『ラングですし』と口々に言っていたのは誰だったか。それを誰も何も言わなかったのも、ハルバーティア伯爵家の使用人全員が彼に対して貴族らしさを求めることを諦めた結果だ。




「…こちらに来るようですね。」




迫る足音を耳にして、リンダは重い溜め息を吐いた。


直後、弾んだようにコンココンコンコンと軽快なリズムでノックされたのだから、部屋の中に言いようも無い空気が漂ったのも仕方がないだろう。




「どう「リリ様失礼します聞いてください!!」…ラング、流石に目に余るわよ。」




彼の入室から一番に、私がラングへかけた言葉は注意。低く意識した声は部屋に響き、誰もが動きを止めた。


目を見開く周りの反応は尤もだ。


何故なら今まで私がラングに本気で注意することなんて殆どなかったから。その上子爵位を賜ったことに対してのケアまでしていることは、アルジェントの職務についてジャニアと話していた時に知られている。





「リリ様…?」


「人の言葉は遮らない。何度も言われたでしょう?」




私の言葉にラングはシュンと眉を垂らして目を伏せる。彼が反省している時の態度だけれど、使用人達が注意することをやめた今ここで私が折れるわけには行かない。


何より私や父は、ラングが絶対に私達の言葉を聞くと知っているからこそ、今まで何も言わなかったのだから。




「明るい性格はラングの長所よ。でも、時と場合と立場を考えなさい。」


「…はい…」




一歩、二歩と下がったラングはそのまま開いていた扉から部屋を出ていった。


静かになった室内で、扉の方を気にしているアルジェントとネルヴ。彼らに私は「気になる?」と声をかけた。




「その、お嬢様がラングさんを叱っておられるのを見たのは、初めてのような気がして。」


「私だって雇った責任があるのですもの。叱るときは叱るわ。けど、ラングは私の言葉は絶対だって知っているから…」




爵位に対しての上下関係に疎く、時に王族にも言葉を掛ける度胸まであるラングだけれど、それは彼にとってそれらが目上の存在であるという実感がないから。


身近になかったそれらの上下関係は彼にとってピンとくるものではなかったのだろう。同じように、貴族としての振る舞いも簡単に受け入れられるものではなかったと予想している。




「ラングにとって“領主様”と“雇い主”は、従うべき相手なんですって。」




極端ではあるが、ラングの考え方はとてもシンプルだ。


上の者には逆らわない。


彼にとって身近な“上位者”というのは、父か私か、あとはガーライル伯爵とメイベルも含まれるのだろう。




「可笑しな話しだよね。緊張する相手は多いのに、ラングが従う相手ってすごく少数みたいなんだ。マックも『ハルバーティアの忠犬』って本人に向かって言ってたくらいだからね。」




父の言葉にガーライル伯爵の方々がラングをどんな目で見ているのか分かった気がする。


何処までも野性的なラングを冷ややかな目で見るメイベルは、きっと躾のなっていない犬くらいに思っていそうだ。




「力で捻じ伏せてしまえば、ラングはきっとラングじゃなくなってしまうわ。私はそれが嫌なのよ。」




私の言葉に誰もが納得したように頷いた。


これからも絶対的に有効な声は切り札として取っておくことになるだろう。話が途切れたとき、ふと私は扉の向こう側が気になった。




「結局、用は何だったのかしら。」




気まずそうに戻ってきたラングの話してくれた内容に、屋敷が慌ただしくなるのはもう少し後のことだった。



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