父の護衛
「さて。デビュタントの話もいいけど、アルジェントの今後を決めたいよね。」
父の脈絡の無い言葉は、これまでの婚約話から私の意識を逸らすように部屋の空気を変えた。
目の前のアルジェントは肩を強張らせて姿勢を正し、父の言葉を待つ。
「リリルフィアに護衛を二人付けるのも良いかなと最初は思ったんだ。けど、それだと大所帯になるなあと思って。」
チラリと父が見た部屋の隅には私の騎士であるラング、ワゴンの傍らで気配を消して居るのは私付きのネルヴ、そして同じくリンダ。
確かに、父の専属としているのがジャニアのみなのに対して、娘である私が手厚すぎる。
「アルジェント、だから俺に付いてくれる?」
「はい!…はい!?」
返事をしたアルジェントではあったが、威勢がよかったのは返事だけで、一瞬後に目を剥いて忙しなく周りに目を向けた。
「旦那様の護衛を僕が、ですか!?他にも適任の方は居られるはずです!」
剣を2年“しか”学んでいないと考えているアルジェント。
確かにハルバーティア伯爵家に常駐してくれている護衛兵の中には元々、他国の戦で活躍したという兵士や騎士を目指して王都へ行って帰ってきた者も居る。経験値という点においては、長くハルバーティア伯爵家に勤めてくれていることから一目瞭然だ。
「諦めなさいアルジェント。旦那様がお決めになったことですよ。」
「ですが僕ではまだ…!」
正論を述べている筈のアルジェントに対して、まるでわがままを言う子供へ言い聞かせるように口を開いたのは、賑やかな面々と違い粛々と父の側に控えていたジャニア。
反論しようとするアルジェントを手で制し、彼は父に目を向けて口を開いた。何故その目が冷えているように思えるのだろうか。
「貴方の言う熟練の兵たちが、今まで何故旦那様に付いていないのか考えなさい。そんなの決まっているでしょう。付きたくないからですよ。」
「違うから!!」
父はジャニアの言葉を即否定したけれど、今まで決まった護衛がいなかったことを考えるとたしかに不自然だ。
首を傾げて父を見れば、気まずそうに目を逸らす。
そんな父の代わりと言わんばかりに口を開いたのは、やはりジャニアだ。
「ご自身の剣が立つからと言って単独行動、それを身が軽すぎると案じれば執事である私をなんでも屋扱い。ええ、確かに私だって心得程度はありますよ。ですがそれを身軽にする為の口実にされるのは如何なものでしょう。世帯をお持ちになって丸くなられたと思えば、次は護衛たちの方が『ジャニア様で十分ですよね?』とこちらが逆にどうしてそんな思考になったのか聞きたくなることを言い出しましてね。どう思いますかお嬢様。」
苦労したのだな。その一言に尽きる。
私には護衛をされる側についてを口にしている父がと思わなくもないが、私と父では剣の心得の有無や性別など様々な点で差異があるのでそれはいい。
その後の護衛兵の方が問題ではないだろうか。職務を拒否する豪胆さは、ハルバーティア伯爵家の平穏で身分をあまり気にしない我々がそうさせていると思わなくもない。しかし、これではあまりにも父に対しての扱いが…
そのように悶々と考えていれば、隣からクスクスと声が降ってきた。話の中心である父だ。
「お父様?」
「いや、そういえば俺の護衛に相応しい者を探すと言ってジャニアが護衛兵の全員と模擬試合をしていたなと思ってね。しかも誰も勝てなかったものだから、さっきジャニアが言っていた“ジャニアで十分”という兵たちの言葉はある意味真っ当な思考だったなって。」
父の話に私達はジャニアを見た。平然と「私は執事です。護衛ではありません。」と言い切るのだから、彼の底が知れない。
つまり護衛兵たちは自分たちよりもジャニアが強いから自分たちは必要無いだろうと、ジャニア自身は執事の職務を全うするためにも父に付く護衛をと。
ジャニアが模擬試験を行ったのは実力を見る上で妥当な判断だったが、それが自身の首を絞めてしまっのだろう。
「貴方は受けてくれますよね?アルジェント。逃しませんから。」
ジャニアの笑顔にアルジェントは青褪め、助けを求めるようにして私の方を見る。確かにジャニアを止める事はできるけれど、父の護衛を増やすべきだという考えは賛成だ。
私はそっと、アルジェントから目を逸らす。
「頑張って頂戴。」
「う…つ、謹んでお受けいたします!」
職務が嫌なわけではない。
ただジャニアが怖かっただけのアルジェントは、自身を鼓舞するように拳を握って返事をした。
満足そうなジャニア、そして楽しそうな父を見てラングが「リリ様と契約しておいて良かった…」と呟いていたとかいないとか。




