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幕間【もう一つの物語】


フワフワとした雪の降る、お父さまの治める伯爵領。

庭の芝生に触れた雪は消え、整えられた寂しい庭園を歩く庭師に寒さを呼ぶだけで積もることは無さそうだ。


空は本で見た鼠を思わせる暗い色。それを見上げながら吐く息は長くなり、外を知らない私と目の合わない庭師に憂鬱な気分になってカーテンを閉じた。





「どうしたのーーー?、何時も空なんて見上げることないのに。」


「…。」





紡ぎかけた言葉を飲み込んで、されるがままに血の繋がった父親に頭を撫でられる。


本で読んだ家族は名前を間違えたりしなかった。


お姫様と王子様も、互いの名を呼んで幸せになる。





『おとうさま』





私と同じ色のこの人を、そう呼ぶ相手なのだと教えてくれたのは使用人。呼んでも返ってこないのに父親で間違いないと強く言ったのも使用人。


父親からは何も言われない。











「最近、あの男の子は来ませんね。」





私の世話をしてくれる侍女のリンダはそう言いながら私にお茶を淹れてくれる。彼女は少し前から私の使用人になったらしくて、今までの人の代わりらしい。


笑わない彼女は仕事を静かに熟す人。話しかけていいのか分からないから、あまり近くにいてほしくない人。




「お嬢様、旦那様がお見えでございます。」




ああ、また今日も父親が来た。


母親を好きだったあまりに心が壊れてしまった可愛そうな人。母親の名で私を呼んで、私が部屋から出るのも嫌がる人。





「ーーー、マックが変なことを言うんだ。」





父親は私の頭を撫でて「僕の子と会わせろって言うんだよ。」と困ったように言う。


使用人たちの言うことが正しければそれは私のことで。父親を見れば私を見て微笑んだように見えた。





「そんなの、居ないのにね?」




甘い声の父親は笑って、本の悪役よりも酷いことを私に突きつける。それが正しいみたいに、自分は間違っていないように。


ああだけど、確かに間違っていない。


この父親らしい人にとって私は母親…愛した人であり、子供ではないのだから。





「そうだ。そんなことより、君に似合いそうな服を街で見つけたんだ。今度買ってくるね。」





色や愛した人が来た姿を想像して笑みを浮かべる父親のなんと楽しそうなことか。


出てくる褒め言葉は幼い私には到底無いものばかりで、一番に困ったのは父親が“買ってくる”と言った服を自分では着られる筈がないということ。


伸びない背丈もコルセットを着けることすら出来ない細い体も、それ以前に大人と子供では何もかもが違う。着られない私に父親はなんと言葉をかけるのだろうか。





「どうしたの?もしかして、他にも欲しいものがあった?」


「…いいえ。」





首を振る私に「そっか。」と微笑む父親が怖い。


話さなければ心配し、言葉を紡げど耳障りのいいモノしか拾わない父をどうすれば良いのか。


ずっと、ずっとわからない。





「…旦那様、お時間です。」


「ああ。ごめんねーーー、もう行かなきゃ。」





静かに立っていた使用人が父親に声をかけるのが、この時間の終わりを告げる助けとなっている。


そして父親が出た後の数秒だけ、彼はこの部屋に留まって私を見るのだ。





「申し訳ありません…申し訳ありません、お嬢様。」





彼が私を呼ぶことはない。彼が父親を何とかすることも無い。ただ謝るだけ。それだけが、私を私として見てくれている気がする。


使用人も部屋を出ると、父親が部屋に来る前の静かさに戻る。そうすれば居ないようだったリンダが私に新しい茶を淹れてくれるのだ。





「最近、街では猫が飼い主に探されているみたいです、灰色の珍しい猫らしいですよ。」





時折、小声で伝えられる“外”の話に耳を傾ける。


与えられる外への希望は私にとって不必要だと知っているけれど、庭を一歩出た場所はどんなところかを少しでも知ることが、唯一与えられた自由な気がして。


屋敷の中で有る名とは別の名を呼ばれ続け、父親と使用人以外に人と触れ合うことは無く、部屋を勝手に出ようとすれば押し戻され、出たいと言えば父親からの溺れんばかりの言葉が待っている。


私は、私として生きてはいけない人間らしい。





「…これは、生きていると言えるのかしら。」











「っ!!!」




何、今の。


ガクンと落ちるような感覚から夢を見ていたことはわかった。見る情景、かけられる言葉たちが嫌にリアルで、目覚めた今も体の震えは止まらない。


薄暗い部屋は夜明け前だと教えてくれて、深く深く呼吸をすることでなんとか落ち着きを取り戻す。





「…あれは」




夢の父は、愛する人の面影を追いかけ続けていた時と同じだった。しかし、私は10の歳を思わせる容姿。


未だ朝は来ないカーテンの向こうを覗けば雪などは降る様子もなく、季節は寒さを迎える前だと教えてくれた。


悪い夢、きっとそうに違いない。




「もう、寝れそうにないわね…」




二度と見たくはない悪夢。


私の名を呼んでくれる父、笑みを見せて言葉を交わしてくれるリンダ、目を見て話してくれる多くの使用人たち。私は大切な人たちに囲まれて生きている。


夢とは、違う。



お読み頂きありがとうございます。


皆様お気付きかもしれませんが、リリルフィアが見た夢は小説に登場しない“ハルバーティア伯爵の娘”の視点で書かせて頂きました。


ずっと書きたかった裏話のような内容ですので、世界観を深彫する一助となれば幸いです。


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