餞別
荷物が馬車へ次々に積まれていく。
天気は曇天、時折掠める風の冷たさに秋を感じ、使用人たちの準備を見守っていた私はリンダに渡されたストールを肩に羽織り直した。
「リリルフィア、寒い?」
中で待っていてもいいよ、と微笑む父に首を横に振って一点に目を向ける。
そこには自分の体より横幅の大きい荷物を頑張って運んでいるアルジェントの姿。周りが“やらなくて良い”と行ったにもかかわらず、無理矢理ああして私達のハルバーディア行きの準備を手伝ってくれているのだ。
「…自分も発つ身ですのに。」
「何かしていないと、落ち着かないのかもね。」
そういうものだろうか。
父を見れば、言葉を念押しするように頷いた後でアルジェントとは別の方向を指した。
そこには顔色の優れないネルヴの姿が「あっちもそうだろうしね。」と笑う父に、私も笑った。
「旦那様、準備整いましてございます。」
「ああ、お疲れ様。」
準備の終了を告げたジャニアの隣にはリンダ。彼女は私とアルジェントを交互に見てから、小声で「お嬢様、彼に渡すものは…」と問うてくる。
贈り物をすると言って一週間、私は誰にもアルジェントへ送るものを見せなかった。
発つ前に渡すからとリンダにタイミングを知らせてくれるよう頼んだだけで、彼女も私が何を贈ろうとしているのかは知らない。
「さて。アルジェント、おいで。」
父がアルジェントを呼んだ。こちらへ駆け寄る彼の姿に父は何やら懐から取り出すと彼へと差し出す。
長細い箱は白一色で、手に収まるサイズ。
急に手渡される形となったアルジェントは目を丸くしているが、父はそれさえも楽しそうに笑った。
「餞別だよ、開けてごらん。」
ゆっくりと箱の蓋を開けたアルジェントは、中身を見て丸くしていた目を更に大きく見開いた。
顔を上げて箱と父を見比べ、「こ、これ…!!」と首を横に振っているが、父は何を渡したのだろう。いつの間にかアルジェントの側に移動していたネルヴが隣からアルジェントの手元を覗き込み、こちらも目を丸くしている。
「何ですの?お父様。」
気になって、父の袖を引く。
私に微笑んだ父は一言「銀貨。」と答えた。
平たい箱は縦に長い。それに収まっているのだとすれば5枚連なっていると考えていいだろう。
この国で銀貨は最高額の金貨に次いで高額の貨幣で、平民の買い物にはまず登場しない金貨と比べれば使いやすくはあるが、そこらで銀貨を出せば“いいところの子息”と思われかねない代物だ。それを渡すとはどういうことだと父を睨むと、無実だと言わんばかりに両手を挙げて肩をすくめた。
「アルジェントが受け取らなかった上乗せの給金なんだよ、あれ。」
聞けば、アルジェントの働きが想像以上だということで給金を上乗せしたのに受け取らない、とジャニアから報告が上がっていたらしい。
一年近く受け取られなかった給金を、餞別として渡すことにしたのだとか。
驚くアルジェントはその貨幣の出どころなど想像がつかないのか、箱の蓋を閉めて父へと歩み寄ってくる。明らかに返そうとしているアルジェントに先手を打ったのは父で、「贈り物を返すの?」と笑顔でアルジェントに言った。
「元々は君が受け取るべきだったものだ。ガーライル伯爵家へ行けば与えられるばかりでは無い。自分の為に必要な時に使いなさい。」
ハルバーティア伯爵家では必要なものは支給され、アルジェントのみならずネルヴも外へ買い物に行くということはなかった。
しかしガーライル伯爵家へは使用人として行くのではない。必要なものは自身で揃えねばならなくなるだろう。それを見越して、父はアルジェントへ銀貨を選んだようだった。
「ありがとう、ございます…!!」
大切に大切に握りしめ、頭を下げるアルジェント。
そこからは使用人たちもアルジェントへ贈り物をし始めた。
「これ、調理場から!」
「達者でな!」
「いつでも帰ってこいよ!」
渡される品々、掛けられる言葉たちに彼の人望が透けて見える。
ほぼ一年、彼の積み上げたものは彼自身へ返ってきているのだと嬉しくなった。




