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待つ

本日2話の投稿です。

投稿が乱れておりますが、詳しくは活動報告にてご確認頂ますようよろしくお願い致します!

なお、明日からは安定して一話ずつ投稿出来るかと思います。お楽しみいただけるように頑張ります!


何時もなら三回叩いて中に居る部屋の主に伺いを立てれば済むことも、軽く握った手を扉の前に翳しては下ろしを繰り返す。





「ネルヴ、お嬢様は…」




他の仕事を終えたリンダさんの、心配そうな声に首を横に振った。


時間にして四刻ほど。ガーライル伯爵家の方々がお帰りになった後、人払いをしたリリルフィア様が夕食も要らないと扉の向こうで細く仰ったのは、小さい音でも気がつくらしいラングさんだから聞き取れたのだろう。


体調不良を確かめても『大丈夫』と仰り、部屋への入室を求めてもリンダさんですら『少し一人にして?』と扉の向こうで言われたのだ。


心配しているのは俺達だけではない。他の使用人の方々は勿論のこと、旦那様だって本当なら誰よりもこの場に来たい筈なのに。





『“いつかは経験することだから、そっとしておくように”だそうです。』





旦那様からの言葉を口にしたジャニア様は、その後に「…今にも走り出しそうでしたけどね。」と言葉と合わない旦那様の姿を教えてくださった。


誰もがリリルフィア様のことを心配している。





「ラングもいますし、ネルヴは他の手伝いをしてきなさい。今なら夕食の片付けにアルジェントも駆り出されているはずですから。」


「…分かりました。」




出てきてくださらないリリルフィア様が心配なのは変わらないけれど、お二人がいるなら俺の出番はない。


リリルフィア様の部屋の閉じられた扉を見てから、調理場へ手伝いに行く。


他の部屋よりも少しだけ賑やかな調理場に入ると、白い調理用の制服を身に着けた一人の人が「ネルヴ手伝ってくれるのか?」と手招きしてくれる。そちらへ行くと、ぼんやりと食器を磨いている兄さんがいた。





「アルジェント、弟とここの食器全部磨いておいてくれ。」


「はい。」




洗ったもの、棚から出したもの、銀や白が多い食器たちに囲まれた兄さんは手招きして隣に俺を立たせる。


よく手伝っているから俺も慣れたもので、拭き始めると兄さんは「…お嬢様は?」と聞いてきた。




「出てこられない。夕食も要らないって。」


「…そっか。」




それだけ言葉を交わしてからは、黙々と食器を磨く。本当は磨くための使用人がいても可笑しくは無いらしいけど、ハルバーティア伯爵家では一つの仕事だけをしている使用人は一人も居ない。


少ない人数で多くの仕事を分けて行う形をとっているので、『誰もが優秀で万能です』ってジャニア様が言っていた。


俺も早くそうなりたいなと思いながら磨き続けていたけど、さっきから兄さんのてが同じところしか磨いていない。


気にしないようにしてたけど、俺は慎重に磨き終えた食器を置いてから兄さんの方を向いた。




「…何、笑ってるの。」


「うえ!?」




調理場に入ったときに見せていた眉を垂らして不安そうな兄さんの表情は、少し緩んでいた。嬉しそうなその顔は俺が兄さんの質問に答えた後からだ。なんというか、ニヨニヨしてる、みたいな。


顔に手を当てた兄さんだけど、赤い顔はリリルフィア様を心配しているものとは到底思えない。




「兄さん!!そんな顔してる場合じゃないでしょ!?」


「わ、わかってるよ…!」




しゃがんで小さくなった兄さんは顔を隠して唸っている。今の状況と顔が合ってないのは分かっているみたいで、「だって…」と兄さんはモゴモゴ言い訳を始めた。




「お嬢様が出てこなくなったのって、僕がガーライル伯爵家へ行くって伝えた後なんだよ?それでこんなことになったって思ったら…」



なんとなく言いたいことがわかった。


だから俺も兄さんに聞く。




「なに、嬉しいの?」




兄さんは質問には答えなかった。


けど、わざわざ顔を上げて気まずそうに目を逸らす姿を見れば、どう思ってるかなんて一目瞭然だ。


こんな時に!




「兄さんなんて、リンダさんに叱られちゃえ!」


「…もう、叱られた」




眉を垂らす兄さんに、言った俺でも驚いた。


聞けばリンダさんには『その締まりのない顔、次見たとき治っていなかったらお嬢様に言いつけます』と言われたらしい。


リンダさんの言葉も当然だと思う。そう思って頷く俺を見た兄さんは、一度息を吐いてから立ち上がった。食器を磨くのを再開させるけど、仕事の終わりも近い調理場の和やかな空気からか、ポツポツ喋る。




「本当はね、僕も屋敷を2年離れるとは思ってなかったんだよ。けど旦那様に剣を学びたいって話した時に、言われたんだ。『学ぶ理由や覚悟が半端じゃないのなら、一度ここを離れるべきだね。』って。」




磨かれた食器がキラリと光る。それが兄さんの目にも移ったみたいに、兄さんの瞳が輝いたように見えた。




「ネルヴ、僕ね。ネルヴもお嬢様も護れるような人間になりたい。ガーライル伯爵がね、『これから先、リリルフィア嬢には多くの危険が付き纏うだろう』って言ってたんだ。」




そんなこと、させない。


兄さんの強い覚悟が伝わってきた。俺が旦那様やリリルフィア様を思う気持ちと、兄さんがリリルフィア様を思う気持ちは違うって分かってたけど、今はそれがもっと強くなってる気がする。


2年、離れるのは寂しい。


けど俺は兄さんのしたいことを応援したいし、俺がここに来た時に一緒に居てくれようとしたことを考えると、何だか兄さんが離れるのは俺が成長してるって思ってくれているからな気がして。





「頑張ってね。」


「うん!」





リリルフィア様、早く出てきて。


一緒に兄さんを待ちましょうよ。



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