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奮う子息


「侯爵夫人、その辺で。」




遠目から見ても背に鬼を背負っているように見える祖母を公爵が呼んだ。


パッと振り向いた祖母の向こう側でアニスは涙目になって震えているが、怒りを宿していた筈の祖母にはそんな様子は見られない。


優雅に微笑んで公爵の前まで進み出た祖母は深く腰を落とした。




「公爵、孫が大変な失礼を…」


「いや、咎めるつもりはない。寧ろ子爵令嬢には愚息にハッキリと言ってもらえて感謝しているくらいだ。身内ではどうしても甘えが出る、教師でも大人は身分が邪魔をしてな。」




公爵の好意的な物言いに祖母は驚いた様子だが安堵を見せ、落としていた腰を上げた。


一連のやり取りの間にチラリと扉を見てみれば、子息は心配そうにアニスを見ているではないか。その様子が微笑ましくてクスリと笑みを零せば、聞こえたらしい父や叔父が私を見る。




「リリルフィア?」


「いえ…アニスに冷たくされているのに今は叱られたアニスを心配しておられて、子息はお優しい方だと思っただけです。」




私の名を呼んだ父に小声で返して子息を見れば、大人たちが私の視線を追う。先程微笑ましく思った光景はまだ続いており、それを見た公爵は「あれが長所となれば良いが。」と曖昧な感想を述べた。


アニスは取り敢えずこれ以上のお咎めは免れた。子爵夫人に頭を撫でて慰められている様子からそれを察したらしい公爵子息が、そこで初めて私達の視線に気がつく。




「カルタム、いい加減入ってこなければまた子爵令嬢に叱られるぞ。」




公爵の言葉に全力で首を振るアニスだけれど、同じく公爵の言葉に首を振ったのは公爵子息。


もう咎めることはしない、もう咎められたくない。行き違った考えを正す者はこの場に居らず、抑えきれていない父の笑い声の後に公爵子爵はゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。




「お、お加減いかが、ですか…」


「ご心配下さりありがとうございます。この通り、起き上がれますのでご安心を。」




公爵の隣でぎこちない子息に状態を問われた父は、柔らかな表情で丁寧に返す。


そんなやり取りは公爵の隣に子息が来れば、自然と私は近くで見ることになり。チラリと伺うように向けられた子息の視線と、眺めていた私の視線があってしまった。




「昨夜は驚かせてしまったようで申し訳ありません。カルタム様はご体調の方は大丈夫ですか?」




何か会話をと思って私から話しかけたが、私の問いかけに子息は口を噤んでしまった。表情は何かを言いたそうではあるのだけれど、少し待っても口は開かれない。


寝不足な様子も見られないので不調は無さそうだと勝手に判断した時、子息から「お、前は…」と小さく聞こえた。




「え?」


「お前は!!」




“お前は”の後に何か続くかと思ったが、それだけ叫ばれ子息は私を見る。


私?


言葉端が強かったが、もしやこれは問い返されているのだろうか。公爵を見れば額に手をやって頭痛を堪えていらっしゃる。


解説してくれる人が居なくなったので、私は彼の言葉を勝手に解釈して会話を続けることにした。




「私は大丈夫ですわ。この通り、何も問題ありません。」




父に向けていた体を子息の方へ向けて五体満足であることを示す。


上から下まで私を見る子息の視線は本来、マナー違反であるが今の場合では仕方が無いだろう。ゆっくりと視線を動かしていた子息は、私と目を合わせたような所で目を鋭くさせた。




「…泣いたのか?」




目があったわけではなく、私の目元を見ていたらしい。昨夜父が目を覚ました際には確かに泣いてしまったのだけれど、気付かれるほど目が赤くなっていたか。


恥ずかしさから子息から目を逸らす。


すると、視界の隅で子息の顔が歪んだ。




「大丈夫じゃ、ないじゃないか!」




その大きな声に再び子息へ目を向ければ、その瞳には怒りが。何故?と問う前に子息が紡いだのは、昨夜からずっと考えていたことだったのかもしれない。




「あんな…お父上があんなことになって!大丈夫なわけがないだろう!?なのにお前は!!」


「カルタム様…」


「自分の心配しろ!!」




眼の前で私に向けられた叱責に、暫し声が出なかった。


平気だったかと言われれば嘘になる。怖かったし戸惑ったし泣いたし、リリルフィアの人生の中で一番と言える大事件だ。


それを目の前の子息が肯定してくれているようで、貴方だって人の心配しているじゃない、と天邪鬼な感想で心の暖かさを誤魔化した。


まだ、彼との距離は私の胸の内を見せられるほど近くないから。




「ありがとうございます、カルタム様。」


「そう思うなら!!…ああもう!!」





ダンッと昨夜テラスで見せた癇癪のように足を鳴らした子息は真っ赤な顔をして私に指を突きつける。


唐突なそれに誰もが驚き、そして誰もが彼の行動の意味を測りかねて首を傾げた。




「いつか絶対!!お前のその皮を剥ぎ取ってやる!!」




皮。


言い得て妙。そして思わぬ指摘に私が目を丸くするのと、彼が脱兎のごとく部屋を出ていったのは同時だった。



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