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帰る理由


「お父様、口をお開けくださいまし。」


「あー」




開けられた口にピックで刺したフルーツを放り込む。同時に閉じた父の口はモグモグとそれを咀嚼し、デレっと破顔した。




「幸せそうだね、義兄さん。」


「代わられますか?」




フルーツを入れた器を私の後ろに立っている叔父に差し出すと、笑顔だが絶対の拒絶を示すように数度頭が横に振られた。安静は大切だと侍医から言われてはいるが、実際のところ父の腕は無傷。クッションを背に詰めて支えれば『腹も然程痛くはないよ。』と父が言ったのだ。


なのに、今も次のフルーツを待ち構えるかのように口を開いている。





「…今更ですが、ご自分でお食べになった方が楽なのでは?」


「リリルフィアの手から貰うから意味があるんだよ。ジャニアの前ではなかなか出来ないからね!」


「だからといって、私達の前で出来ると思われてもねえ…」





呆れたように言うのは祖母。義理の息子が目を覚ましたと聞いて部屋へ駆けつけたというのに、父ときたら真っ先に口にしたのは私の安否について。侍医から経過良好という言葉を聞いて私達が安心したのも束の間、この部屋へ来るまで行われていた祖母と叔母の言い合いを叔父が父へ告げ口したのだ。


父の目覚めない間に言い合いになっていた私の短期的な身の振り方について、当然と言うべきか分かりきったことと言うべきか、父は怪我をしているのを忘れたかのように飛び起きた。





『駄目ですからね!!リリルフィアは何処にもあげません!一緒に帰るんです!』





私を抱き寄せて拒否を示した父は自分が回復すれば良いのだろうと、先ずは食べ物をということで今に至る。


私が食べさせているのは『お手伝いしてほしいな』と父が言ったからだ。この様子だと元気そうだけれど。




「旦那様も何か仰ってくださいな。」


「羨ましい。リリルフィア、私にも一口。」


「ダ ン ナ サ マ ?」





祖父母のやり取りがどこか微笑ましく思えた。眺めていればピックを持っていた手が取られ、私の手ごとフルーツを刺して父の口へ導かれる。


これは最早食べさせているとすら言えないのでは?





「これだけ食欲はあるんだ、もう帰れるだろう?」


「義兄さん、血が足りないらしいんだ。せめてもう一晩は安静にしておく方が…」


「ここでは迷惑がかかる。」





父の言葉に反応を示したのは叔父叔母と祖父母。


誰にと言わずとも、父と階級は違えど当主という立場でありそれを支える立場の4人は父へ剣呑な視線を向けた。


呆れたような息を吐いたのは祖父。シワの刻まれた目尻を些か尖らせた侯爵家の当主は私の隣へ近寄る。





「義理と言えど血を繋いだ家同士。今更何を遠慮する必要があるんだ。それともフィル、建前を本音と思っていないだろうね?」





会場で起きた問題は主催の管轄、それ以外は関知しない。それは確かに家同士の関わりを乱すという観点から、深く探ることを良しとしない貴族に向けた建前だ。


侯爵家という上流の家だからこそ、その建前が発揮されて然るべき。しかし、目の前の方々の考えは違うらしい。





「あんなものフィルを満足に養生させずに追い出す理由になりはしない。義理の息子を案じて何が悪い。孫を溺愛して何が悪い。」


「できあい…」


「旦那様の言うとおりよ、ハルバーティア伯爵。シーズンも残り僅かでこの会場を借り上げるのも簡単。それが出来ずともハルバーティア伯爵家のタウンハウスよりも侯爵家が近いでしょう?我が家に父娘共々いらっしゃい。可愛い可愛い孫を愛でる時間を私達にも頂戴な。」


「めでる…」





威厳ある祖父、聖母のような祖母、二人の言葉の一端に見える本音を拾ってしまった私はどちらが本音か悩むところだ。


当然のように父を心配しているからこそ、侯爵家が手を貸すことを快く提案してくれているのは分かる。だが、数分前に父が目覚めたという一報が入るまで繰り広げられていた言い合いを、私は忘れはしない。


「お待ち下さいませ、義母様、義父様」と待ったをかけた叔母も、勿論忘れていないだろう。





「抜け駆けは酷いですわ…私だってリリルフィアちゃんとアニスと一緒に過ごしたいのに!」


「あら、私は先程も侯爵家へ貴女達も滞在すれば良いと言ったでしょう?」





普段は嫁姑の関係とは思えないほど良好な関係が築けているらしい夫人二人だけれど、先程は両者一歩も引かない笑顔の冷戦だった。


その最後辺りで渋々祖母が提案したのが『貴女達も我が家へ泊まれば文句無いでしょう?』というもの。





「義母様を差し置いてリリルフィアちゃんと交流は出来ませんわ。独り占めしたいのです!」


「僕の奥さん、欲求に忠実過ぎない?」


「否定しきれんな。」





自身のパートナーを見守る親子二人は互いに頷き合っている。


部屋に居るのに先程から声の聞かないアニスはというと、我関せずと言わんばかりにベッドに程近い私とは反対の位置に身を置いていた。





「伯父様、もっとハッキリと申してくださいませんと、母たちの言い合いは終わりませんわ。」


「うーん、でも好意は嬉しいんだよ?」


「では、我々と侯爵家へ滞在してリリルフィアを取られてもよろしいのですか?」


「あ、それはヤダ。我が家に帰ります。あ!そうだ、リオンも心配だしね!!」





ダシに使われるリオンが不憫でならない。


それでも侯爵家の世話にはならない、仕事もあるだろうしと言い訳を並べ立てた父は、なんとか明日に帰宅することを了承された。



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