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シルクの袋の鼠たち


上からの視線に晒されて、心地よかった筈の風が嫌に冷たく思える。3対の瞳は年頃を同じくする私達を見つめ、言葉を待っていた。





「リリルフィア、どういうことかな?公爵から“乱暴を”と以前聞いたはずだけれど、それは二人の喧嘩の仲裁をしたときのことだったよね?」


「は、い…間違いありませんわ。」





少し恐れから言葉が詰まったが、肯定した私の言葉に父は私から公爵子息へと視線を移す。その瞳は先程までの成長途中の少年を見るような瞳とは種類を変え、明らかに怒りを宿していた。


視線を受けた子息は震え、しかし味方となるべき公爵も同じ瞳で子息を見ている。





「“怪我をさせた”…とは?」


「えっ…え!?」





その子息の反応に、彼は私やアニスとは状況が違うことが知れた。


戸惑って味方のいない状況の中オロオロと父と公爵、そして私やアニスの姿を見ると状況が分かってきたのだろう。悲しそうだった顔がどんどん青褪めていく。






「まさか言ってない…?僕がハルバーティア伯爵令嬢が止めるのを無理に動かしたから、あの時怪我してしまっただろ?」


「あぁ…」





漏れた声は私かアニスか。


今までで一番年相応に見えた彼が無意識に語る昨年のこと。公爵が子息の発言に耳を傾け思案する姿から、昨年聞いた筈の話と照らし合わせているのだろう。子息は我が父の視線が気になるのか、そんな公爵にも気が付かず茶会で起きた詳細を語った。


茶会の菓子たちを理由に言い争いが発展したアニスと子息の仲裁に入り、二人の行き過ぎた行動を止めた事は父にも話した通りだ。しかし、その際に子息がアニスへ振り下ろそうとした手を止めたまでは良かったのだが、子息は気が立っており私が触れたことで勢いよくその手を引くようにして振り払った。


子供でも剣を嗜みとして身につけ始めている男の子であり、その点私は全く体力面を鍛えていなかったことで彼の動きに私の踏ん張りは追いつかず。横に振り払われた腕に引かれるように体制を崩し、倒れたと同時に手を捻挫してしまったのだ。





「父にも“乱暴を”と話したのですが…」


「…待て、今昨年のことを思い出しているから。…ああ、確かに聞いて謝罪をする運びになったな。だが。」





子息の話を聞いて嘆息した公爵は、慰めるように子息の頭へ置いた手に力を入れる。


しなやかな指先が力を入れることで堅さを持ったことが見え、直後に子息は「いっ…」と声を漏らした。





「“振り払った”とは聞いたが、“令嬢が怪我をした”とは聞いていない!!」


「もっ…申し訳ありぃいたたたっ…!!!」





痛そうだ。容易に鷲掴まれた子供の頭は無抵抗に制裁を加えられ、親の躾と理解していても止めてしまいたくなる。


しかし私も彼のことを見ている暇はない。肩に置かれた手は力が籠もり、恐る恐る上を向けば笑顔の父。言わんとしていることはわかる。言葉が足りなかったり、無意識に話してしまう子息とは違うのだ。


敢えて話さなかったことは、既に会話の流れで理解していることだろう。





「リリルフィア、言い訳を聞こうか。」


「…何も御座いません。強いて上げるとすれば、私の怪我はカルバに診てもらった上で隠すことにした、ということでしょうか。」





しっかりと知識ある人に見て貰い、カルバにも内緒にしてもらうようにお願いした。そのお願いが受け入れられたのも、利き手とは反対であったことと症状が軽かったことからだと、私の言葉で父も分かったことだろう。


父の仕事の合間にカルバに診てもらい、毎日顔を合わせる父に今まで隠せたということも、それだけ大事に至らなかったということだ。





「それで、怪我も軽かったし一年経って公爵子息も反省しているから許してくれって?昨年それを聞いていたら、きっと今公爵子息と会わせていないよ。」





父の言葉に私は頷いた。


貴族の子女に怪我を負わせたというのは、最悪の場合怪我をさせた相手が勘当されることまで発展する場合がある。傷の大きさ、事態の大きさ、目撃者の証言、様々な事柄を踏まえて両人が話し合って落とし所を見つけるのだ。


涙ながらに掠り傷を一生物の傷だと訴え、小さな子供の戯れが一つの貴族を廃したことも歴史的には存在する。父がそんなことをする訳がないと分かっているが、今父が言いたいのは大事に発展した可能性のある事柄を秘匿したことで起きた、現在の食い違いの問題についてだろう。





「今まで違和感を持ちもしなかったのは私にも非がある。だけどね、私が何も知らないままもしも他者からこの事の詳細を聞いたら、きっと公爵が敢えて隠したのだと疑ったよ。」





父の言葉は考えられた未来だ。茶会で少なくない子供たちが私や子息、アニスのやり取りを目にしていた中での隠し事はリスクが多分に存在した。


黙る私に父は続ける。全てを理解した父のその目は穏やかに弧を描いている筈だが、温かさなどは何処にも無く深海のような冷たさが私を射抜く。





「リリルフィア、俺は娘の実力を想像以上だといつも思っているよ。考える上を行く君の賢さを誰よりも理解してる。ねえ、リリルフィア。」





テラスという屋外、謝罪する子息、怒りと恐怖が綯い交ぜになったアニス、それぞれの親たち。冷える風は強さを増し、ハーフアップにしてもらった私の髪を揺らしている。


全てをゆっくり見回した父は、最後に私へ視線を戻すと肩に触れていた手に力を込めた。





「ラングたちとデビュタントまで家から出ないか、今正直に全て事情を説明して隠した理由も話す、どちらが良い?」



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