子息の感情の爆発
2曲続けて踊り終えた私は父に手を取られ、テラスにほど近い会場の端に陣取ることになった。
祖父や叔父、アニス達はそれぞれ挨拶周りに奔走しているようで、主催とその血縁は大変なのだなと今後の参考に記憶しておく。
父はグラスを傾け、私は中央に咲くドレスの花々を眺める。そうして時間が過ぎればいいと思っていても、大抵望み通りにはいかない。
「ハルバーティア伯爵、ご令嬢。こちらにおられたか。」
先程も口約束ではあるが“後で”と言われたとおり、パルケット公爵と子息がこちらへ歩み寄る。
フルフェッタ侯爵家が招待する貴族たちは、総じてハルバーティア伯爵家とも関係のある面々であるために表立って悪質な行為をするものはいない。しかしそれでも噂は囁かれるもので、昨年の茶会を知っている者たちは特に興味津々なようだ。
それらの視線を考えてだろう。公爵は傍のガラス扉を指して私達をテラスへ誘った。
「少し静かなところへ、どうだろうか。」
異性と二人きりというわせでもない上に親同伴という今の現状に断る理由もなく、父は頷いて公爵の後へ続く。手を引かれることのなかった私は、同じく連れて行かれなかった子息が隣りにいたので、チラリと彼を伺った。
「なんだよ。」
「いいえ。先程拝見させて頂いたときには気付きませんでしたが、随分と背が伸びておられるなと思った次第ですわ。」
昨年同じくらいの身長だった彼は、近づけば見上げなければならないほど成長を遂げているようだった。
他にも細身ながら華奢な印象は無いので、体力面も鍛えているのは手紙の通りだったらしいと、出会い頭の見解を改める。
「公爵からのお手紙で【鍛錬も勉学も努力している様子だ】と伺いましたので、その通りだなと思っただけですの。不躾に見てしまいましたことが不快でしたら、申し訳ございません。」
素直な感想を述べて、私はガラス扉へ歩みを促す。
しかし一向に動く様子の無い子息に首を傾げてそちらを見れば、彼は渋い顔をして口をハクハクと開け閉めしていた。
「どうされました?」
「…っ!なんでもない!!こういうときは女性が先に行くものなんだろう!?」
ガラス扉を開けたまま顎で私を促した子息。それでレディファーストのつもりなようなので、私は軽く腰を落として促しに応じた。
扉を潜れば会場の熱気と違って心地よい風が吹き、父の控えめな笑い声が聞こえる。その横で額に手を当てた公爵が視えるので、私達のやり取りをガラス扉から見ていたようだ。
「お待たせ致しました。」
「ふふっ。声が聞こえてくるようだったよ。」
「お前はどうして…」
楽しそうな父と疲れた表情の公爵。対極に見える彼らの表情と公爵の呆れた声に子息は慌てて一度ガラス扉へ目を向ける。こちらから中の様子がバッチリ見えることが分かったのだろう、顔を真っ赤にして「見ていたのですか!?」と憤慨した。
「令嬢を先に通したのは良いが、他は駄目だ。5点。」
「そうですか?努力点で30と言ったところですよ。」
勝手に採点し始める親たちに子息は更に足踏みして怒りを顕にし、次いで何故か私へ指を向ける。
「お前のせいだ!!」
突然着せられた濡れ衣に対応を考えていると、子息は矢継ぎ早に言葉をまくし立てた。
「父上には怒られるし伯爵には笑われるし!頑張ったって良いこと無かった!!お前のせいだぞ!婚約の話を断ったのだって僕が嫌いだからなんだろう!?だったら今日だって会おうとするなよ!!」
…ん?
首を傾げて父を見れば「おやおや…」と楽しそう。次いで公爵を見れば、苦笑いで怒りのあまり高ぶった感情から涙目になっている子息の頭を軽くポンポンと叩いていた。
どうやら子息は、色々本音を自覚無く溢してしまったようだ。
これを指摘すべきか悩んで、私は取り敢えず彼の考え違いを正すことにする。
「公爵子そ「カルタムだ!!」…カルタム様。父が楽しそうなのはこの際受け流してくださいませ。重ねて申し訳ありませんが、婚約をお断りしたのは父の意向であり公爵もそれを受け入れてくださっています。そこに私の感情は何一つ含まれておりませんでしたわ。」
「…じゃあ、僕と婚約するのか?」
「それは…丁重にお断り致したく。」
「ほらな!!!」
ダンッと足踏みするカルタムの横で、公爵まで残念そうな顔をする。この方は本当に私と子息を一緒にさせたいようだが、こうして温度差が違いすぎるのだからそろそろ諦めてもらいたいものだ。
それに婚約の話の前に、今彼が怒っているのはそこではなかっただろう。
「嫌いだからお断りしたわけではない、そう言いたいのです。私からカルタム様に会おうとしたわけではないのは確かですが、本日貴方様にお会いできて私は嬉しく思いました。カルタム様の努力された姿を見ることができましたもの。」
手紙で書かれていても、実際に本人を見ることができなければ事実の確認をすることが出来ない。
まあ、感情的な部分は昨年と変わりないようだが、最初に謝罪の言葉を形だけでも口にしたことや、レディファーストを実行に移そうとしたことなどは彼の努力の賜物だろう。
お読み頂きありがとうございます。
気付けば、ほぼ毎日更新してきた本作も200話を超えました。ここまで書き続けて来ることができたのも、読者の皆様が居られるお陰だと強く感じています。
当初の自分の中での予定より大幅にリリルフィアの周りが賑やかになり、時折脱線する時もありながら書きたいことを書いている毎日です。こまだお話は続きますので、これからもお付き合い頂ければと思います。
長い目で、温かい目で、たまに作者の暴走には目を瞑ってご覧いただき。何か一つでも本作が皆様の何処かに刺さるものであれば幸いです。
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