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社交の花と知らぬ茨


リオンと和解した後は父から本を取り返して再び読書…には興じず、3人で話をしていた。


内容は目的地である王都と、そこで過ごすシーズンの事。




「リリルフィアはメイベル嬢とアニスの茶会だけ?」


「はい、行く予定はその2つですわ。」


「夜会にも出席してもらうから、その日は少し忙しいね。」




メイベルの母ガーライル伯爵夫人主催のお茶会と、もう一つはメイベルより前に招待状が届いていた。


私と同じ年のアニスは従姉妹。母の弟の娘という関係で、私の叔父に当たるアニスの父は王族の護衛騎士として立派に務めており、その功績から侯爵家の分家でありながら1代子爵の地位を賜った。


父は夜会の招待状が叔父から来ていたようで、私を伴うつもりらしいのは出発前に聞かされている。




「叔父上、リリーには夜会はまだ早いのでは?」


「経験を積むのは大事だよ。王家主催の舞踏会なんかは出席出来ないけど、それ以外は基本的に昨年も出席したし。ね?」




父が言葉端を上げて同意を求めてくるので、私はそれに頷いた。


我が国でデビュタントというのは『立派な貴族です』という証明を披露目や祝いを混じえて盛大に催すものであり、決まった年齢で行うものではない。成人に合わせた15、6歳が平均的ではあるものの、それぞれの貴族家によって前後しているらしく早い令嬢は14で済ませているみたい。


デビュタントを終えれば王族に正式な謁見が許され、王家主催の舞踏会に招待頂ける権限を得られる。そして夜会への招待もこのデビュタントが節目となっており、それまでは出席こそ出来るもののあくまで『招待客の連れ』でしかない。


私も何度か夜会に行ったけれど日だまりの中で行われるお茶会よりも、シャンデリアやキャンドルの灯りで行われる夜会は何と言うか、豪華だった。




「夜会はお茶会よりも飾り言葉が少なくて、聞きやすい印象です。その内容は別として。」


「ああ…それは言えてるかも。内容は別として。」


「茶会は『探り合い』夜会は『殴り合い』だからな。」




リオンの例えにしっくり来て私も父も頷いた。


夫人や令嬢といった権力を直接持たない女性が主導で行われる茶会は、自分の家の当主の力となる情報を得る場だと淑女教育の先生から教わった。


信頼を得て『家ぐるみで』仲良くなるとか、『派閥が違う』令嬢と『今後のために』お近づきになるとか。


可憐な花が咲く地の下で根を張り巡らすのだ。


そんな茶会に比べ、爵位を持つ貴族当主が主催で行われる夜会は、当主自身が利を得るために動く場だと父が言っていた。


自身の有する情報を交換したり、夫人や令嬢の知人を紹介してもらったり。


『公の場』で行うからこそ、張り巡らせた根が活きる。




「私はお父様のお役に立てているとは思えませんけれど。」




メイベルたち話しやすい女性と楽しく話しているだけだ。権力が絡む会話をしていないとは言わないけれど、積極的に情報収集に動いたこともない。


けれど父は「何言ってるのさ」と呆れた顔で首を振る。




「“薔薇姫の茨”を手にしておいて。」




“薔薇姫の茨”?


聞き覚えのない単語に首を傾げれば、父は目を見開いてリオンを見る。私もリオンを見れば、父よりも驚きを顕にしていた。




「リリー、“薔薇姫の茨”を知らないのか?」


「誰かに付けられた別称ということは分かりますけれど…あ、“薔薇姫”は王女殿下ですわよね、それは分かります。」




リオンの言葉に有名な人物を指す別称だと分かるけれど、“薔薇姫の茨”は聞いたことがない。


“薔薇姫”は知っている。


国の第一王女の愛称で、王妃に面差しの似た美しいお顔に私と近い年ながら知性を感じるその表情は、まさに薔薇だと思ったものだ。


そんな“薔薇姫”の“茨”




「王女殿下の“茨”…王の“剣”が近衛騎士とされておりますから、そういった武力的な意味合いなのでしょうか?」


「うん、そうなんだけど…本当に知らないんだね…」


「叔父上、知らないのならば教えない方がいいのでは…」




リオンの言葉に父は頷いてしまい、二人の口から正解を聞き出せなくなってしまった。


気になるのが父の『手にしておいて』と言ったあの言葉。王女に近しい者と私が知り合いであるという意味の他に無いのだろうけれど、そんな有名人いたかしら。


頭の中で出会った貴族の方を本のページをめくるように思い起こしていく。


ここで日本での記憶が役に立てばいいのだけれど、残念ながら私の知っている小説は王族はほとんど関与しない、貴族と平民だけの物語だったので“薔薇姫”もリリルフィアの人生で初めて知ったのだ。


思い出せるだけ貴族の名前と顔、経歴や縁戚を思い出しても思い当たる人は直接話したことのないような方々ばかりで『手にしている』とは言えない。




「知らないなら、そのままでも大丈夫だよ。」


「でも、お父様とリオンお兄様は知っているのでしょう?」


「知っていても“茨”である姿を見たことはない。知らないのと一緒だ。」




リオンにそう言われてしまえば、今まで知らなかったのだから知ることができるまでは知らなくてもいいような気がしてくる。二人が最初知っている事が常識のような口ぶりだったから焦ったが、もしも知っていて当然ならお茶会でも“茨”の名が挙がったはずだ。


教わっていないということは、知らなくてもいいこととして受け止めておこう。少なくとも、今までは困らなかったので今後もそうだと願いたい。




「歴史が本に記されて後世に伝わるように、知るべきときに知ればいいこともあるよ。」


「そう、ですわね。」




“茨”については、まだ知らなくていいこと。


疑問に蓋をして、私は馬車の旅を楽しむ事にした。



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