主人公を知っています
主人公である貴族の令嬢。
美しい容姿、侯爵という高い地位にある家庭で育った主人公は、その高い地位の柵と言うべきか妙齢となったある日見合いを主人公の預かり知らぬ所で決められてしまう。
自身の結末は自分自身で掴みたい、という思いから主人公は婚約を進められる前にと家を飛び出した。
知らぬ世界、知らぬ人々、知らぬ文化。
モノゴトを見ていく中で巻き込まれる事件、目の当たりにする“奴隷”という存在、深く残る戦争の爪痕。
主人公は令嬢として培った知識と経験で人々に手助けするが、自身が家を飛び出したことで救えた人々と、貴族として救えるだろう民のことを考えるようになる。
出会う人々や旅を共に行く仲間に背を押され、主人公は自身の境遇から逃げるのではなく置かれる環境で出来ることをしようと決めた。
そして主人公は仲間と共に侯爵家へと帰還し、そこで初めて自身と婚約する筈だった人の正体を知ることになる…
「改めて考えると、とんでもない令嬢だわ。」
私の記憶にある小説の大まかなあらすじだが、リリルフィアとして生きてきた記憶を照らし合わせるとこの小説の主人公がまたとんでもない。
平均よりも多めの蔵書を家に抱え、暇があれば本を読んでいた日常の中で、特にお気に入りと言うほどでもなかったが続巻が出ると買っていたものだ。
当時は主人公の快活な性格を好んでいたけど、今思えば行動力ありすぎである。
「誰がとんでもないの?余所見してると転んでしまうよ。」
「何でもありませんわお父様、申し訳ありません。先日のお茶会に出席しておられた、ユグルド侯爵令嬢のことを考えておりましたの。」
父に手を引かれ歩く街並みを視界に入れながら前世と言うべきこことは違う地球の日本という国で生活した記憶のことを思い出していたら、父に上の空であるのがバレてしまった。
半月ほど前に行われたお茶会で会った一人の令嬢の事を挙げると、父は「ああ、テルサルーア様の。」と令嬢とその父である侯爵が浮かんだようだ。
ユグルド侯爵と父は互いを名で呼び合う仲で、その根底には私の亡き母の存在と両親が結婚するまでの過程が非常に大きく関わっているのだとか。
私が3歳の時に母は亡くなったそうだが、その母方の祖父が侯爵家の次男。そして先代のユグルド侯爵と祖父は友人関係だったそうだ。母はその繋がりでユグルド侯爵と交流があり、当時から婚約関係にあった侯爵夫人と父は遠い親戚であったらしい。
母は当時15歳の父に一目惚れ。親友である侯爵夫人に父の事を問い詰め、父と距離を縮めるために呼び水として同性であるユグルド侯爵を父に仕向けた。
父の趣味や個人的な話を聞き出すために近付いた訳だけれど、ユグルド侯爵と父は意気投合。それから母や侯爵夫人も交えて歓談を繰り返すうちに、父が母に惹かれ今に至る。
そんな両親共に仲の良い侯爵家を招いてのお茶会だった訳だけれど、ユグルド侯爵と出席したのは私と一つ違いの令嬢。
「確かティサーナ侯爵令嬢だったよね。」
「はい。お美しく…凛とした方でしたわ」
一般的な薄茶の髪色に、ユグルド侯爵家の血族の証とされる珍しくも美しい銀の瞳。容姿に違わぬ洗練された所作は、私を含め周りの同年代の令嬢たちに比べて大人びて見えた。
『婚約というものに、わたくしは良い印象がございませんの。どうして自分の行く末を他者に決められなければなりませんの?』
自身の考えを話す彼女の姿は輝いて見えた。
そして彼女の言う行く末が私には見えてしまったのだ。
記憶の中にある小説の主人公、自身の結末を自身の手で選び取りたいと願ったその少女。願いを叶えるために、そして見聞を広げる為に14の若さで家を飛び出し旅に出てしまうその少女。
名を、ティサーナ・ドルガンテ・ユグルド。
そう。私が茶会で出会った令嬢が、今から3年後には家出して世界を見に行くのである。