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記憶の片隅の三通目


日中に射し続けていた日の名残のように、温い風が王都を満たす。馬車の中からそれを感じ、エスコートの手を支えとして一歩踏み出せば、リンダを始めとする侍女たちによって着せられたドレスが軽やかに揺れた。


新緑を思わせる鮮やかな緑。父の濃緑の衣装と揃えた今回の衣装はハルバーティア伯爵家の髪色と相性が良いようで、準備を終えた女性陣の溜息は記憶に新しい。





「シーズン最後の夜会、さっさと終わらせようね。」





馬車から私を下ろした、父のやる気の無さが滲む言葉に苦笑いを溢しながらも、本心はその言葉に同意したい気持ちでいっぱいだ。


茶会、夜会と今年の社交は特に波乱に満ちていたから。まともに最後まで出席できたのはガーライル伯爵家のものくらいでは無いだろうか。


それにしたって、夜会は予想外の再会を果たす場になったわけで。平和なハルバーティア領が恋しい。






「何事もないといいですね!!」


「ラング。そういう言葉は、言うと叶わないらしいわ。」






前の人生ではそれを“フラグ”と言っていた。


それはさておき、王宮への登城の件で忙しかった合間に父に届いていた今回の夜会の招待。


シーズンの終わりはまだ先だが、私達ハルバーティア伯爵家はこの夜会を最後に一足先に領地へ戻る予定となった。シーズンの終わりまで社交を楽しむ貴族は当然居るが、領地を治めている者の多くは仕事を放り出し続けるわけにもいかない。


疎らに領地へ帰る貴族たちに比例するように夜会を開く家も数を減らし、シーズンが終わりとされる頃には領地を持つ貴族の殆どが王都から移動し終えているのだとか。





「知り合いの殆どが来ているはずだ。改めて挨拶するといい。」


「はい、お父様。」





侯爵家の主催する夜会だ。


前回の侯爵とは友好関係にある家で、ハルバーティア伯爵家と言うより父や私と関係の深い家だ。多くの貴族から慕われながら、他国との架け橋とも言える外交に力を入れており、その人脈は多岐に渡る。


特に派閥に与している訳でもないのはハルバーティア伯爵家と同様で、だからこそ類は友を呼ぶと言うべきか、共通の交友があったりするのだ。





「じゃあ、行ってくる。」


「行ってらっしゃいませ。」


「お気を付けて!」





馬車を振り返り声をかける父に応えたのは馬車の外で馬を操る席に座っていた二人。


片方は前回と変わらずジルの代理の馭者。手を上げて軽く応えた彼の態度に父が気にするわけもなく、馭者の手はそのまま隣の頭へ乗せられた。


銀髪を撫でられ、いきなりのことに驚いているのはアルジェント。主の前での行動に緊張を見せる彼は、実を言うと当初は共に来る予定などなかった。それでもこの場にいるのは、彼の頭に手を載せている男が『お帰りまで暇なので、話し相手に連れてっていいですか?』と職務に対しての心構えを問われそうな発言をしたためだ。


それを受け入れた父も父だけれど、アルジェントの羨ましがるような屋敷を見つめる視線を見れば、父が普段縁の無い世界を彼に見せてあげようとした事が分かる。


何時もの服ではなく執事の装いをしたアルジェントと普段通りの馭者は、私達が屋敷へ入るまで見送ってくれた。





「ネルヴも連れてきてあげたほうが良かったかな?」


「彼にも仕事がありますもの、仕方がありませんわ。」





ネルヴも一応馭者は誘ったらしいのだけれど、ジャニアが同行に首を横に振った。彼は丁度街へ買い付けをネルヴに頼もうとしていたところだったようで、中断させるのもネルヴの為にならないし、何より街へ出かけることをネルヴが楽しみにしているようだったので、とのことだった。


軽く会話をしながら屋敷の中へ進む。受付を終えれば会場は扉が開放されていて、関係者ならば自由に出入りできるようになっているらしかった。


会場へ一歩進めば、中からこちらに気付いた方々の視線を浴びる。






「ハルバーティア伯爵だわ。」


「ではお隣のご令嬢が…」


「噂の…」






微かに聞こえる会話の中にはどこから仕入れたのか王宮でのことを囁いている声もあった。背筋を正して父に連れられる私を、多くの人が視界に入れていた。


会場の中ほどまで歩いたその時、私達の前に現れた人物に私は腰を落とす。会場内の誰よりも家柄の良い者の登場に、私達との関わりを知らなかった者は首を傾げて情報の収集に奔走するようだった






「久しいね、ハルバーティア伯爵、ご令嬢。」


「お久しぶりです、パルケット公爵。」


「お久しぶりにございます。」





交わされる挨拶は友好的で、私は今シーズン最初で最後の対面に身構えてしまった。


私へ目を向けたパルケット公爵は、一度笑みを浮かべると後方へ視線を向ける。公爵の視線の先には衣服に皺の寄った箇所があり、それが後方に居る人物の仕業であることはすぐに知れた。






「隠れていないで、ご挨拶を。」





公爵の言葉にシャンデリアで作られた影が揺れる。顔だけ出して、足を一歩踏み出して、そうして漸く公爵の隣に立った彼は、その顔を不機嫌に染めて私を睨んだ。





「その説は、申し訳、ありませんでした。ハルバーティア伯爵令嬢、改めて謝罪、させて、ください。」





その丁寧な言葉に、その絞り出すような声に、その鋭い眼差しに、その悔しげに歪んだ口に。一年前に一度受けた謝罪から、彼に大きな変化は無いことに気づく。


公爵と同じ赤みがかった焦げ茶の髪とアンバーの瞳をした、私と変わらない年頃の子。


昨年アニスの茶会に紛れ込み、騒ぎを起こした挙げ句、何故か私に婚約の打診が来てしまうという災難に見舞われたパルケット公爵の子息その人は、公爵からの手紙に書いてあった印象と、かなり違うようだ。



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