揺れる馬車で
「つ…疲れたぁ…」
ズルズルッと馬車の背に体を預け、護衛騎士として減点だろう姿を見せるラング。
言いたいだけ言葉を紡いだ私は誰に引き止められるでもなく、示し合わせたように王城を出た先で停車していたこの馬車へ乗った。
『あ、何も聞きたくないので報告は旦那様へお願いします。』
時間を見計らっただけだと言い張る馭者は、それだけ言ってさっさと馬車を走らせるのだから、王城へ入る前といいブレないその姿に関心すらしてしまう。
馬車は王城を背にしてひた走る。流れる景色を眺めながら、私は濃く早く過ぎ去った本日の出来事たちを思い返した。
「…ラング、今日はありがとう。私のしたいようにさせてくれて。」
思い返す中で一番に思い立ったのは、目の前で疲れた様子の護衛騎士を労ること。
私の言葉に僅かに姿勢を戻したラングは、首をゆるく振って「そんなことないです。」と笑う。きっとギルトラウへ宮女の一件を伝えたときのことを言っているのだろう。
だがアレは私が黙っていて欲しいと言ったわけではない。ラングなりに私のことを考えて発言したのだと分かっている。だから私も彼へ首を振って返した。
「必要だと思ってギルトラウ様へ伝えたのでしょう?言うなと命じたわけでもないのだから、関係ないわ。」
「だけどっ…。いえ、確かに必要だとは思ったので、後悔はしてませんけど!!」
私の言葉に食い下がろうと首を横に振ろうとしたらしいラングだったけれど、ピタリと動きを止めると微妙な表情を見せた。
宮女の件を特に言わずに終えようとした私に、彼は駄目だと思って行動した。それを後悔していないのなら謝罪も不要では無いのだろうか。私はそう思うのだけれど、やはり主である私の指示無く動いたことは気になるようで。
一度頭を下げて「申し訳ありませんでした!次があっても多分、同じことします!」と潔く宣言した。
「それはそうと!リリ様、俺気になることが!!」
先程の疲れはどうやら他所へ飛んでいったらしく、狭い馬車で興奮したように体を跳ねさせる。それ、バレると馭者が怒るのでは?と思う危険行為だが、彼はそんなことお構いなしに喋る。
「公爵!あと多分色々!俺聞いていません!!」
これだけで何を言っているか察せるのは、つい先程私が発した言葉をラングなら聞き取れるのではと少しは思っていたから。
小声でのやり取りを聞ける聴力には感心せざるを得ないけれど、本当に聞こえていたとは思わなかった。
「ラングは本当によく聞こえるわね。」
「騎士にとって周囲の音が聞こえると便利です!」
「ええ。勿論そのよく聞こえる耳は、貴方の長所よ。」
笑顔のラングに私は何から話すかと考えながら雑談を混ぜ、頭で情報を整理する。
今ラングが聞いてきた“公爵”については、実は誰にも言っていない。というのも、確たる証拠が無いからであり、父にさえも伝えていなかったのだ。
それを先程すれ違いざまに口にしたのは、相手の反応を見る為であるからして。結果は大当たり。
「“公爵”についてはお父様にも伝えていないわ。帰ってから説明しようと思うのだけれど…」
聞いてくれるだろうか。
王城を出るまでは考えないようにしていたが、父は私と話してくれなかったのだ。急に襲ってくる不安に膝の上でドレスを握り、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
ラングはそんな私に慌てたように言葉を紡いだ。
「大丈夫ですよ!旦那様、きっと今頃リリ様が帰るの待ってますよ!だって旦那様ですもん。リリ様が居なくて困るのは何時だって旦那様です!」
「…そう、かしら。」
目の前からのフォローはいつもの父であれば肯定できるものでも、日をまたいで話せていないことを思うと後ろ向きになってしまう。
ラングと同じように疲れているのだろう。余計な思考を続けてしまいそうで、私は流れる景色を見ながらこれ以上話すのを辞めた。
無言の馬車は日が傾いて暗くなっていく道を走る。
王城で向けられた数々の視線は流石に堪え、深く呼吸すればするほど手足を動かすことが億劫になる。それでも考えるのは父と話す為に最初にかける言葉と、今日起きたこと。
どう話せば、何から話せば。黒曜の瞳の男と話して得られたこと、ギルトラウと、レイリアーネと茶会を交えて話したこと、宮女のこと、王城に入る前のこと。濃い一日を話すにはラングの補足も必要かもしれないなと考えた辺りで、私はポツリと思ったことを口に出した。
「上手く…牽制出来たかしら…」
揺れる馬車の心地よさに瞼が下がる。
馬車が止まるまでさほど時間は掛からないだろうが、私は力を抜いて眠気を受け入れた。




