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馬車の中で


王都へ発つための準備はアルジェントの指導と並行して行われてはいた。けれど王都入りを間近に控えた5日間は、少しずつ準備していた片鱗なんて見えないほどに多忙を極めて過ぎた。


お陰で『寂しいな』なんて感傷、何処かに忘れてしまったし、今だって気づいたら父やリオンと馬車に乗っている。




「さて毎年だけど、これから2日かけて王都に行く…」




ガラガラと馬車が音をたてる中で、声を出しているのは父のみ。


私の向かいに座っているリオンは窓を眺め、私は読書。とても健康に育ったから下を向いても酔うこともないの。




「ねえ、2日あるんだよ?」


「そうですわね。」




毎年のことですものね、と本を読みながら返す。まだ読み切れていなかった『シハルヴァ建国記』だが、この2日で少しずつでも読もうと思って持ってきた。


身分が貴族思想が強くなった時代を記したこの建国記は、筆者が貴族至上主義なためか平民や下層階級の民たちを表現する言葉が、苛立ちを覚えるほどに口汚く書かれている。


古い言葉で読みにくさはあるけれど、だからこそ2日の旅程を潰すことに苦はなさそうだ。




「リリルフィア、景色が綺麗だよ?」


「今の季節はサフルカの花が咲いておりますわ。お父様の好きな青色です。」




この世界特有っぽいサフルカの花は、寒い季節の今ハルバーティア領内で美しく咲いている。丘は青く染まり、海のような様子から『冬の陸海』と呼ばれて観光名所の一つだ。


目新しかったその光景も、何度も見れば慣れてしまう。いつもと変わらず美しいと愛でられれば良いのだけれど、今の私にはサフルカよりも本のほうが興味を惹かれる。




「…あっ!」


「もう!!読書禁止!」




読んでいた本が取られ、抗議の視線を向けるが父が見ているのはリオンの方だった。




「リオン、同じ馬車なのに気まずいのは勘弁して。」




父の訴えに私はリオンを見る。彼は窓に目を向けたまま舌打ちでもしそうな表情をしていて、それは“あの日”と同じものだ。


アルジェントを拾ってすぐ、書庫でリオンに言葉を言い逃げしたあの日。


あれからリオンは今こうして馬車に乗るまでの一切、私と接触しないようにしていたのは知っている。父も含めて3人で食べていた食事も部屋で摂るようになり、書庫に私が行くとリオンが居るであろう気配がするだけで視界には映らなかったり。




「リオン、いつまで逃げる気なの。」


「逃げてなんか…!」




勢いよくこちらを向いたリオンと、久しぶりに目が合った。合ったのだけど、言い逃げしたことが後ろめたく思えて、スススと視線をリオンの目から足元まで下げる。


父はリオンが逃げていると言ったけれど、寧ろ私が姿を見せないリオンにホッとしていた。責められなくていいから、まだ面と向かって嫌いだと言われる覚悟が無くて、私を避けるリオンに便乗して私もリオンに近寄ることがなかった。


今だって、嫌われるのが怖くて勝手に私の口は言葉を紡ぐ。




「リオンお兄様、申し訳ありませんでした。」


「え…」


「リオンお兄様の気持ちも考えず持論を言い逃げしました。ハルバーティア伯爵家を理由に使って、自分の行いを正当化しようとしました。私は、私は…」




言葉を口にするほどに、自分がどれだけ身勝手だったかが分かる。アルジェントを拾ったことに後悔はないけれど、リオンお兄様の言葉を1方面からしか受け取らなかったあの時の自分は、『自覚しろ』と言われても仕方がなかっただろう。


もう一度謝罪を口にしようとした私の言葉を遮ったのは「違う!!」というリオンに珍しく大きな声だった。




「…謝るのなら私の方だ。ハルバーティアの歴史をリリーに言われて初めて、自分の祖先の偉業として見た。」




私があの時挙げた本を読んだらしい。


クレモナという、爵位を賜るほどの偉業を成し遂げた先祖の話から、ハルバーティア伯爵という貴族が歩んだ道、本に記されたそれらを読んだ上でリオンは自身があの時私へ言った言葉を撤回した。




「道端に倒れた子供一人を救えずして、領の民の命なんて預かれない。リリーの言ってたことを理解するのには本を読む時間も含めて時間がかかったが…その、彼を見捨てなかったリリーを私は誇りに思う。」




『捨て置け』と言ったリオンが私の言葉を今までずっと考えてくれていたことに驚いた。私と距離を置いている間、彼は私を理解しようとしてくれていたのだ。




「リオンお兄様は、私のことがお嫌いになられたのでは…」


「なっ…そんなわけない!!」




その強い否定に、安堵した。


不意に隣から頭を撫でられ、そちらを向けば「リオンがリリルフィアを嫌うわけ無いよ」と父が言う。




「だって嫌われたくないからリリルフィアが言った本を熟読したわけだしね。」


「叔父上!!」




え、なにそれ。リオンを見れば頬を赤くして窓を見ていて、否定が無いということは何よりも父の言葉への肯定を示していた。




「私も、リオンお兄様が大好きですわ。」



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