誰が何と言おうと
【王族を乱す悪の子よ、その凍える眼で他国の者を引き入れし者よ。金の髪は崇高なる色ならず、紛い物のメッキなり。玉に手を触れることなく去れ、さすれば銀の奴隷の灯火は触れず。】
【それは他国の神と呼べし色、愚かな悪の子それ知らず。手放すことを伝えるは優しき女神の心故なり。小賢しき悪の子よ、その眼で全てを見通せ。】
綴られていた手紙の内容を、私は諳んじる。
抽象的なようでいて、私への敵意や不穏な言葉がそこかしこに散りばめられたそれに、ギルトラウもレイリアーネも難しい顔をした。
「書かれている内容から思い当たったことを調べ、私の母方の血が関係しているのではというところまでは予想しました。加えて我が家に居る使用人のことが書かれているのですが、そこからとある家が関係しているのではという予想まで立ちました。」
ここで一旦言葉を区切る。
冷静に話そうとすればするほど抑揚が無くなり、緊張も相まって口の水分も無くなっていく。
潤すように残っていたお茶を含めば、宮女が横から新たに注ぎ足してくれた。
「人物像が見えてくると同時に、我が家の使用人を欲しているのだと気づきました。その手段、その理由、そしてそれらの先にある彼らの目的を父と話し合ったのですが…」
息を整える。予想でしかないそれを告げるべきかを迷いはするが、予想の段階だからこそ、これから取れる行動も見えてくる。
それに、覚悟は決めたではないか。護りたいものを、私は守るためにここに居る。
「我々ハルバーティア伯爵家は、手紙に始まり彼らが意図する先々に、領内、国内、隣国など、規模は不明ですが、何かしらの争いも」
「ま…待った!!」
止めたのはギルトラウ。その顔色は悪く、彼は眉間にシワを寄せて睨むかのように私を射抜いた。レイリアーネも不安そうな顔を隠せていないことから、冷静さを欠いているようだった。
「情報が足りない。まだ聞いた限りで判断はできない。が、ハルバーティア伯爵家では資料を揃えた上で“その可能性”を想定したと…?」
飛躍した話しだと私も思う。
けれど私は父がこれを口にした時、私の考えと一致してしまった時点で、何もしなければ起こってしまう未来なのだと思った。
経験と知識で父が行き着いた考えが、“起こり得る未来の一つ”として私が知っている記憶とリンクしてしまったのだから。
私はギルトラウの問いかけに頷き、足りないと言った情報として、我が家がこの考えに至った経緯を詳しく説明する。
母方の血、色の薄い使用人、ハルバーティア伯爵領の歴史。アルジェントたちが売られる前、逃げ出したことで我が家に来たという経緯こそ省いたが、奴隷であったことは話に混ぜた。
全てを話し終える頃には、顔を覆って表情の伺えないギルトラウと、暗い表情のレイリアーネがいた。
「…ハルバーティアの慧眼には、恐れ入る。」
そんな賛辞と共に息を吐いたギルトラウは、顔から手を離して私と目を合わせた。
どんな時でも、この方は目を見て話す人だなと以前から思っていた。それは相手の反応を見るためであり、自身の感情を相手に伝えるためであるのではないかと、私は思う。
「…起きる、だろうな。」
そしてギルトラウは簡潔に可能性を肯定した。
「国の歴史や婚姻については把握している。他国とのソレなら尚の事だ。で、隣国と深く関わる家にも心当たりがある。最近“目に余る”と話すくらいには、我々も警戒している奴だ。」
該当する者の名は告げられなかった。それはどれだけ信憑性があろうとも確実な証拠は揃っておらず、全てにおいて想定仮定での話だからだろう。
「怪しいやつがいる。警戒してほしい。それでリリルフィア、お前はわざわざ可能性の話をする為だけに目立つ行動をしたわけじゃ、無いよな。」
問いかけでは、無かった。
射抜く瞳は鋭さを増し、私を試しているような気さえする。その瞳をひたと見つめ返し、私は首を縦に振る。
「非公式であれど、王宮の者たちが動く以上噂は存在すると思っておりました。なので、相手からこちらへ何かしらの行動を見せるのでは、と。」
「また…お前は…!!」
テーブルに置かれた彼の手がダンッと天板を打つ。懲りない、学習しない、省みない。何を言われようとも私は王宮から帰路につくまでは、自分の行動を改める気は無かった。
それは、王宮で騒ぎを起こすのは相手にとっても不利であると、武力的な安全がある程度保証されていることも理由の一つ。
父に提案したように、“悪の子”として相手が望むように振る舞ってやろう、と思ったのが一つ。
そして何より、文章で読んだフィルゼント・クレモナ・ハルバーティアの姿を、この世界で現実としたくなかったから。
「ギルトラウ様、私は守られるだけでは居たくないのです。自分に出来ることがあるのなら、私だって父を、皆を守りたい。」
曲げられない、誰が何と言おうと、これだけは。
犠牲ではない。否定でもない。
これは、私の覚悟だ。