客観の評価
王女付きの宮女が淹れるお茶は当然のことながら、感嘆の息が漏れる程の美味しさ。
何時も我が家で飲むものとはまた違う味と香りに、状況が変わればレイリアーネと楽しく話して、もっと楽しめたであろうことが残念に思えた。
「…ごめんなさいリリルフィア。私の部屋周辺を任せているからと言って、管轄の離れている者に貴女の案内を頼むべきではなかったわね。」
ここに来るまでの件については私が事情を話し、レイリアーネは私へ謝罪を口にしたが、私は彼女に首を横に振る。
聞けば、私の案内をする途中で去ってしまった宮女はレイリアーネ自身に仕えているわけではなく、王城全般の仕事を請け負っている者の一人だったらしい。
人を招く際に側付きが多忙になるため、部屋の事以外を任せることはよくあるようで、その役割を振るのはまた別の人間。
「多くの者たちが仕える王宮で、外部の者に悪感情を向ける一人を見極めることは無謀と言えますわ。レイリアーネ様が謝罪されることはありません。」
「我々に危害を加えたかった、とかではないからな。教育の不行き届き。これについてはレイリアーネだけでなく、人事に携わる者たち全てに言えることだ。レイリアーネだけのせいではない。」
私達の言葉に頷いたレイリアーネは、眉を垂らし落ち込んだ様子でお茶を一口飲む。周りがどう言っても、自責の念に駆られてしまえば回復するのは難しいのだろう。
そんな彼女の考えを別に逸らすため、私は優雅にお茶を飲んでいるギルトラウへ目を向けた。
「ギルトラウ様、一つお聞きしたいのですが。」
「ん?」
「自分で事を起こしていながら、ギルトラウ様がどういった経緯で私の所へ来てくださったのかを、不思議に思っていたのです。」
伝達の具合を鑑みて、レイリアーネと会った後に誰か来ると思っていた。勿論それがギルトラウ様であることは私と関わりを持ったという点において予想をしていたけれど、思ったより来るのが早かった。
私の疑問に「ああ…」と苦笑いを見せたギルトラウは、一度ザラン騎士へ目を向けてからカップを置いた。
「伯爵と辺境伯が、リリルフィアの事を探そうとする前にと思ったんだ。礼も受け取らずに逃げれば、そりゃあ躍起になって探すだろうから。」
「探す…ですか?」
首を傾げた私に、ギルトラウは意表を突かれたような顔をした。
そして「もしやここは無自覚か?でも、リリルフィアだからなあ…何処まで計算で動いてるのかわからないし…」と何やら独り言を連ねると、私の名を呼んだ。
「リリルフィア。増長した子爵を諌めて場を収束させたのは、辺境伯にとっては小さくない恩になったことだろう。ガシェ伯爵も、恐らくハルバーティア伯爵家の令嬢が大人を相手に機転を利かせたことで興味を持った。だからこそ、俺の所に両者が『ハルバーティア伯爵令嬢と話したがった』という情報が入ってきた。」
言われた内容を噛み砕き、理解するのに要した時間はさほど長くはない。けれどその言葉たちを受け入れるのは、あまりにも私にとって都合が良すぎるのではないだろうか。
「…私は、騒ぎを収めただけですわ。少し話題に上ることは期待しましたけれど。」
私がしたかった“細工”は、噂程度にハルバーティア伯爵家が出れば目的を達成するような軽いものだった。
だからこそ子爵を諭しただけで、それ以上に過分な言葉は言わなかったつもりだ。それをどう判断するのかは子爵に委ね、結果丸く収まった。
辺境伯も自体の収束を望んでいたようだったので、荒立てることなく終わった。その程度、だと思っていたのだけれど。
「どう思う。シュリ。」
「どうもこうも、伯爵令嬢自身に自覚が無いと考えるべきでしょう。御本人はまるでご自分への評価を考慮しておられない。行動した“結果”は見通しておられても、結果に付随する相手の“感情”は…」
「だよ、なあ…」
呆れ。そういった表情を見せていたギルトラウだったけれど、暫くしてから身を乗り出すように私との距離をテーブル越しに詰める。
あくまでテーブル越しなので、“聞け”という意思表示でしかないようだ。
「リリルフィア。もしも人から助けてもらったとき、お前ならその相手にどう行動する?」
「勿論、最大限の感謝を。」
「よし。じゃあ、その感謝したい相手が『礼は不要』と言ったら?」
「それは…とても懐の深い方ですね。」
私の答えにギルトラウは「そういうことだ。」とだけ言って姿勢を戻した。
話の流れからして、私の行動を客観的に見ろと言いたいらしい。そんなまさかという考えは、誰もが何度も頷く姿を見ていれば萎縮していく。
私とギルトラウのやり取りを見て、レイリアーネは一言呟いた。
「確かに、リリルフィアは聖女のように懐が深いと思いますわ。」
それは言いすぎだ。そんなわけがない、と否定したくとも純粋な好意を否定するのは憚られ。けれど自分は本当に、そう思われるほど出来た人間ではない。
反応に困って眉を垂らせば、後ろからボソリとランクが囁いた。
「リリ様は、リリ様だから。」
つい先程も耳にしたその言葉だが、今は誰に言ったわけでもないらしい。けれど、何か私が否定したくなる意味合いが多分に含まれている気がして。
更に反応に困ることになった。




