騎士の告げ口
ラングに案内される廊下は宮女に案内された距離よりも長かった。すれ違う人すれ違う人が私達二人に目を向け、時折案内役が居ない様子に首を傾げて去っていく。
私達が平然と歩いているからだろうか、声をかけたり咎めたりする者はいなかった。
歩く道すがら、角を曲がったところで前方の人影が動きを止めた。目線を上に上げて失礼のない程度に顔を確認させてもらうと、バチリと合った目は大きく見開かれる。
「…奇遇ですね。」
私は素早くこちらへ来た相手に深く腰を落とす。ラングも私のエスコートを中断して礼をとった。
“奇遇”がどこまで本当か疑わしい。目の前の人は居を別としている筈で、私と同じく第三王女に会いに来るためでない限りこの一角には用がないと思われる。
それに私は招かれてここにいる。本人の直筆であろう手紙で約束したのだから、彼女が発案のお茶会と他の方の面会日時が“偶然”同じだとは考えにくかった
「ご機嫌麗しく存じます。クラヴェルツ公爵。」
腰を落としたまま、沈黙が落ちた。
思わず内心首を傾げれば、上から溜息が降ってくる。何かいけなかっただろうか、そんな不安が過ぎったとき「忘れてしまったかな」と丁寧な声が発せられた。
「どう呼ぶように言ったっけ。」
試すような相手の言葉に滲んでいるからかいの雰囲気を私は敏感に感じ取った。笑わずとも空気で伝えてくるとは、どうにも目の前のお人は私を常にからかっていないと気がすまないようだ。
正体を知らなかったときも、身分を知ったときも、名前を呼ぶよう言われたときも。
「…ギルトラウ様。」
「いい子だね。」
ゾワリと、背に這う感覚がしたのは許してほしい。褒められなれていない上に父以外から子供扱いというものをされた経験の少ない私に、“いい子”という言葉は少々ハードルが高すぎる。
次いでギルトラウに「面を上げて」と言われても、少しの間心の整理が必要だった。
やっと顔を上げたときには、目の前の人から私をからかう空気は抜けていて、代わりに細まった瞳に険しさが宿っている。
「それで、君たちは二人でどうしたの?」
「案内して頂く方の仕事が「恐れ多くも閣下、発言のお許しを頂けますでしょうか。」っ…ラング!」
言葉を遮るだけでなく身分の高い相手に自己紹介も済ませていないラングが話しかける意味を、私は考えて青ざめた。
相手がラングを不敬だと罰すると考えてではない。
そんなことをしてまでラングが話そうとしている内容を考えてだ。
咎める私の声も無視してラングは騎士の礼をした。これは先日の夜会で見せたものと同じ。あの時は癖でかと思っていたが、ラングなりの切り替えのようなものだったのだろう。王城の関係者と関わるときの。
「主を遮ってまで話さなければならないことかい。」
「城の警備体制にも関わるかと。」
「…聞こう。」
「出迎えに宮女は遅れ、我々の目の前で他貴族についての会話を繰り広げ、最後には案内を中断して場を去っていきました。」
ああもう。
ギルトラウがチラリと私へ目を向ける。諦めた私の表情になにか思うところがあったのか、眉を顰められた。
ギルトラウの後ろに控えたザラン騎士も険しい表情で、人通りが少なくともゼロではないこの場所を通ろうとした人は、私側から見える限りでは目を向いて回れ右している。
それだけ異様な空気に包まれていた。
「ラングといったな。リリルフィアの性格を考慮して、よく私に真実を伝えてくれた。」
「はい!!」
にっこり。今までに見たことの無い表情を見せたギルトラウは、私に一歩近づいた。いつかの夜会だったなら近くなったほど離れていたのだけれど、それをすることはもう許されない。
いつの間にか“お嬢さん”やら“伯爵令嬢”やら呼ばれていたのが“リリルフィア”となっていることにも気づいてはいたけれど、指摘する余裕も気力も無かった。
「リリルフィア、私が案内しよう。」
手を差し伸べられ、取らなければいけないだろうかと無謀にも打開策を考えたけれど、手を取る以外の選択肢を選べば、いよいよ目の前のお人は何をしてくれるかわかったものではない。
私は不敬にも溜息が出そうなのを堪えて、ギルトラウの手に自身の手を軽く触れさせた。
「往生際が悪いぞ。」
耳元で聞こえた低い声と、ギュッと力を込めて手を握られたのは同時だった。
見えたギルトラウの表情はいたずら好きのものでもからかうものでも、公爵のものでもなかった。
「行こうか、嬢ちゃん。ちょいと説教だ。」
彼は、明らかに怒っていた。




