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不和の種


「お嬢様、もう帰りませんか。」


「…今、来たばかりなのだけれど。」





やる気の感じられない馭者の言葉に暫し絶句し、遅れて出たのは現状を述べる言葉だけ。


目的地である王城の一角へは、予め兵に場所を伝えられていた馭者が上手く馬車を動かしてくれた。辿り着いた場所で『お待ち致しておりました。』と定形通りに迎えられた私たちは、ここで馭者と別れて王城へ入る筈だったのだ。


迎えてくれた貴族の出であろう宮女、彼女が値踏みするように私へ視線を向けるまでは。





「躾がなっていないようです、伯爵令嬢。」


「申し訳ありません。以後、気をつけさせますわ。」






笑顔を作って謝罪すれば、目を細めて彼女は鼻を鳴らした。他者へ躾がどうのと言っておいて、自身は仮にも仕える者の客人へこの態度。


込み上げるため息を堪え、“宮女”という役職への苦手意識が積もっていく。


侍女とは違い、身分の高い者の多くが王宮で働く場合に与えられる役職で、目の前の宮女も貴族の令嬢だろう。


この世界の貴族は我が家やガーライル伯爵家だけではない。先程騒ぎを起こした子爵や、いつか我が領へやってきた者の主、マルデイッツ子爵も同じ貴族である。


何が言いたいかというと、性格に難ありな者も多いということ。






「王女様は首を長くされて伯爵令嬢をお待ちになっておられます。」


「まあ、光栄です。私も今日という日を心待ちにしておりましたの。」


「その割には、遅い足取りだったと思われますが。」






ピシリと、何処かで亀裂の入る音がする。


物理的にではなく精神的にだ。笑顔を必死で崩さなぬよう心がけて「そうでしょうか」とゆっくり発言するに留めた。


波風を立てることは得策ではない。どれだけ腹が立とうが、だ。


先程“迎えられた”と言ったが、辿り着いてからたっぷり半刻ほど馬車で人が来るのを待った後のそれだったとしても。王宮に出仕する者としてこの場にいる限り、目の前の宮女の身分が何であれ“王女の客人”に対するものではけしてないとしても。


平常心を心がけなければ。





「伯爵令嬢たるもの身分の分別はつくと思っておりましたが…あら失礼、我が家と一緒にしてはいけませんね。」





ほほほ、と口に手を当てて笑う宮女のなんと無礼なことか。


夜会や茶会で招かれた者同士で同じことを言うならば何の問題もない。だがここは王宮で、彼女は現在職務中の筈。そして私は彼女にとって上司が招いた賓客となる。


彼女の言う“身分の分別”をつけるとすれば、私は彼女が侯爵であったとしても『無礼だ』と言える立場になるのだ。






「お嬢様、帰りましょう?」


「今、来たばかりよ。大丈夫、ジルには『何も無かった』って言うから。」





コソリと言う馭者に、私も扇で口元を隠して告げる。


苦く笑った馭者は首を横に振って、何故かラングへ目を向けた。耳の良い彼だ、話は聞こえていたらしく「リリ様は、リリ様だから。」と謎の言葉を馭者へ返している。






「全く変化がありませんよ、伯爵令嬢。」


「申し訳ありません。すぐに下がらせますわ。」






これ幸いと、私は手振りで馭者をこの場から離れさせる。


何度か私を見た馭者は、渋々といった様子で馬を操ってもと来た道を去っていった。王宮に馬車を停めておく場所もあるけれど、一応迎えの時間も指定されていたので帰らせる手筈になっている。これで馭者に何か言われることはないはずだ。






「…時間を取られましたね、ご案内します。」






誰のせいだろうか。


言いたい言葉を飲み込んで、宮女に見えないと確認してから隣に居たラングの腕を扇で叩く。


先程から宮女の言葉に居心地が悪そうにしていたのには気づいていた。それを宮女が指摘しなかったのは、ラングの持つ子爵位があるからかは分からないが、下手に表情が分かりやすくては何時指摘されるかわからない。






「ラング、平常心よ。」


「リリ様がそう言うなら、頑張ります。」





そう言いつつ頬をわずかに膨らませるその姿は、本当にこの護衛騎士が十八なのかと疑いたくなる。幼い仕草は宮女に見られることなく、先導する彼女に私達はついて行った。


豪奢な造りの廊下を通り、その間すれ違う者たちの反応は様々。


先導する宮女のような視線を向けてくる者もいれば、ラングを“武勲を上げた子爵”と見る者もいて、私へ“王女の客人”とただそれだけで興味無いといった者もいる。







「失礼致します!シェリアンヌ様…!」


「何、騒々しい。」






“シェリアンヌ”とは私達を先導する宮女のことのようだ。彼女の前で膝を折った女性は、シェリアンヌと呼んだ宮女の耳へ顔を近づける。


何事か呟いたらしく、宮女がパッと今来た女性を驚きの眼差しで見た。






「衛兵は何を考えているの。そんな…」


「シェリアンヌ様…身分は確かに男爵家、追い出すことは難しかったのでしょう。」


「でも不吉の象徴よ?」


「シェリアンヌ様っ…」






耳に入った言葉で分かるのは、目の前の宮女たちが良く思っていない者が王宮へ来たこと。


それにしても“不吉の象徴”とは随分と抽象的で曖昧な言葉だ。シェリアンヌという宮女を話を持ってきた宮女が止めたところを見ると、非公式な呼称らしい。男爵家という身分も下手に噂を話せない理由だろうか。


またしても止まってしまった宮女に、私は暇つぶしのように彼女たちの会話から推察を広げていった。



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