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スパークリング



「…は?」





客人を招くための豪奢な部屋。微妙な顔をして入ってきた奴の話を聞いて、口をついて出た言葉の間抜けさに手を口で覆って、俺は対面に座る人を見た。


愉快そうに口角を上げるその人は俺と目を合わせると「行きたいなら、行って来い。」と柔らかく俺の背を押すように笑う。






「…申し訳ありません、お話の続きは後ほどで宜しいでしょうか。」


「良いも何も、反対はしていない。お前の好きなようにしてくれた方が、娘たちも都合が良いだろう。」






否定しない、肯定もしない、この人はいつも俺の好きなように動けというが、それがどんな期待よりも重みがあることを知っていて、平気で俺を渦中に放つから心臓に悪い。


だが、今回ばかりはこちらも好都合。







「寛大なお言葉、感謝します。国王陛下。」






席を立ち、一礼してから場を離れようとする俺の背に「ギル」と声がかけられる。何年経っても俺はこの人の“ギル”で“弟”で“王弟”で。


振り向くと頼りになる兄は寛いだ姿勢でこちらを見ていた。






「お前のお気に入り…ハルバーティア伯爵令嬢によろしく。」


「いつかお会いになられますか?」






陛下もああいった人種は好きそうだ。


知恵が回り、人情深く、時に冷徹になれるような。


俺の言葉に笑った陛下は「それもいいが…」と肯定を示しながらも首を横に振る。






「フィルゼントに恨まれそうだ。暫く会っていないが、奥方を側に置いていた頃のアイツはそれはもう愛妻家で。きっと愛娘も同じように愛情を注いでいるはずだ。」







全くもってその通り。


溺愛する娘に良いところを見せようとしていた先の夜会での対面を思い出して、そして名を呼んで的確に伯爵の為人を予想する眼の前のお方に、つい言葉をかけてしまう。






「…随分と仲が宜しかったのですね。国王陛下が多くある貴族家の中でも上流に含まれど中堅の伯爵家と、接点が多いようには思えませんが。」







記憶にこそ無いが、俺と会ったことがあるようなことも話していた。繋がりを問いただしたい気持ちが顔を出して、俺は振り向く体制から体を陛下へしっかりと向ける。


それを見て陛下は「まあ、気が楽な相手ではあったさ。」と軽く言葉を乗せて注ぎ足された軽めの酒に手を伸ばす。


昼間ですが、と咎めてもこのお方に通用はしない。






「ギルにもそのうち分かるけどね。時々いるんだ、身分関係なく人を惹きつけてやまない、善悪関係なく出来事を呼び寄せるような人種が。」






暗殺未遂、領土侵犯、王族。一人の少女が頭に浮かび、血の繋がりを伯爵家の親子だけでなく、目の前の国王陛下と自分にも感じさせられる。


その後にも一言下さった陛下は俺を手で追い出すように「早く行くと良い」と促し、俺はそこで漸く部屋から出た。






「それで、嬢ちゃんがなんだって?」


「その言葉遣いは王宮内ではお辞めになられるべきです。」


「はいはい、わかったよ。それで、今度はあのご令嬢、何をしでかしたのかな?」





丁寧になったところで聞くことは変わらない。


長い廊下を進みながら俺の横でため息を吐く騎士を急かすと、先程聞いた『登城されたハルバーティア伯爵令嬢が、何やら複数の貴族を相手取ったとか。』という、簡潔すぎて何も伝わらない言葉を補足する。





「門前の列後方だった為に、騒ぎへ駆けつけるか判断に困ったそうで。問題は解決したようだったので王宮内まで騒ぎは持ち込まれませんでしたが、なんでも辺境伯家に子爵家が言いがかりをつけたとか。そこへ機転を利かせたハルバーティア伯爵令嬢とガシェ伯爵の協力により、子爵を追い返したと。」





背筋を伸ばし、凛とした姿が目に浮かぶのは可笑しいだろうか。


それでも、俺には『十歳の子供が?』と疑うよりも納得が強かった。それを肯定するように隣で歩いている奴も何ら疑問を抱いていない。


少女がたった一人で大人を複数相手にするのはどうかと思うが、それが出来てしまうのが嬢ちゃんだ。辺境伯家を助けたような形になったことも、嬢ちゃんらしいと思える。


そして俺の護衛騎士シュリの話はまだ続きがあった。





「で、伯爵と辺境伯が揃ってハルバーティア伯爵令嬢と話したがったようなのですが、本人はさっさと目的の場所へ移動してしまわれたようで。このままではハルバーティア伯爵令嬢のことが無差別に広まってしまいます。」


「何てことしてくれてんだ嬢ちゃんも伯爵たちも!!」





シュリが俺に嬢ちゃんのことを聞かせたのは、俺があの変人の域にいる少女を気に入っているからだけではない。


勿論彼女が困っていたら勝手に動く勢いで手助けするけども。そうではなく、俺が危惧しているのは王族が住まう王宮内で彼女が目立つこと。


人目を避け、今日非公式な茶会を計画したのはなんの為だ。招かれた本人が目立ってしまっては何の意味も無い。


そして嬢ちゃんを他者に探られては、必死になって整えている場が混乱する。





「…ただでさえ公爵になったはずの俺が、泊まり込みで処理してるっつうのにっ…」


「殿下、口調。」


「分かってる!まったく…取り敢えず嬢ちゃんに会いにいく。レイリアーネには悪いが、女子会はまた今度にしてもらおう。」






姪の不機嫌になる姿が嫌でも想像できる。


茶会を邪魔するのは忍びないが、緊急事態だという言い訳で通させてもらおう。


下手に目立たせて“こちら”の事情に巻き込みたくないが、会いたいと願った姪のためだ。叔父としてどうにかしてやろうじゃないか。



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