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本音と建前


「お父様。」


「…」





ツンと逸らされた顔、呼んでも返ってこない声、私を見もしない父。日に何度と数え切れないほど溜息を吐いて、もう1週間ほど経つ。





『やだ。』




子供のような返事をした父は、私の説得も虚しく私自身が提案した計画全てを否定した。反対されることは分かっていたが、こんなにも父の機嫌を損ねるとは予想しておらず、戸惑うこの頃だ。






「お父様。」


「…」


「見送ってくださるのでしたら、お父様に笑顔で見送ってほしいですわ。」


「っ…」





ツンと逸らされた横顔が、ぐっと何か堪えるような表情に変わる。


その後ろでジャニアが呆れたように父を見ているのだ、父には父なりの葛藤があるのだろう。


父と顔を合わせることを諦め、上質な生地で作られたドレスを揺らしてラングの手を取る。


本日はレイリアーネのお招きに預かる茶会の当日。護衛としてラングは同行を許され、茶会の席には着けないものの、王宮内は共に歩くことができるのだ。


そんなラングは、ハルバーティア伯爵家で誂えた騎士服に身を包み、ガッチガチの表情で私を馬車に乗せてくれる。





「…行って参ります。」


「!…っ…」





父に最後の言葉を向けて、私馬車へ乗り込んだ。


ゆっくりと進む馬車は、大きな邸宅ばかりの中を進む。王宮までさほど時間はかからないが、流れる景色は段々と屋敷が大きく、敷地が広く、森のようになった景色の後、王宮の敷地だと示す堀を渡ることになるだろう。






「…リリ様、旦那様の気持ちを考えて差し上げましょう?」






景色を眺めながら、思わず吐き出した溜息にラングが言葉を紡ぐ。私はそれに「分かっているの」と返した。





「お父様は私を危険に晒したくなくて、協力したいと私が言うのも我儘でしかない。わかっているけれど、あの日私が提案したことは間違っているとは思えないわ。」


『手紙の送り主の思惑に反して私が王族と関わりを持てば、きっと相手は何かしら手を考えるでしょう。“悪の子”と私に言うくらいですわ。お望み通り、演じてしまおうかと思うのです。』





囮となる、露骨に言ったわけではないが、誰もが私の提案をそう捉えただろう。


だからこそ父は難色を示し、どれだけ『周りが守ってくれると信じているから』と話しても聞いてくれなかった。


結果、先程のような無視。





「リリ様は俺達の大事なお嬢様です。旦那様だけじゃなく、ジャニアさんもリンダさんも、俺も。」





無視する父を宥めることなく、私に気遣う言葉を向けるでもなく、使用人たちは私と父の静かなやり取りを見守っていた。


それは、父の気持ちがわかるから。


それと、父が長く保たないと知っているから。





「旦那様が可哀想ですよ!見ました?最後の悲しそうな顔!」





見たわ。とは言えず、私は黙って窓の外を見る。


逸し続けていた顔をこちらに向け、何事か言おうと口を開いてはハクハクと動かすのみで音にならず。馬車が動く瞬間なんて、この世の終わりのような顔をしていた。





「でも何も言わないのは、“言えない”からでしょう?」




父の葛藤を理解している。


しかし、キリキリ痛む心臓をそのままに、自分の言葉を撤回しなかったのは、父が私に何も言葉を向けないからこそだ。


否定するには、それだけの理由と代替案を用意すべきというのは話し合いの鉄則。


一番最初に拒絶を見せた父が、それ以上何も言わずに口を閉ざしたのは私の提案より円滑に事を収める方法が無かったからだろう。





「お父様が動けば、伯爵家が揺れるわ。手紙は私宛だったのだから、私が動くことが最善だとお父様も分かっておられる。だから、私も自分の考えを撤回するつもりはないわ。」


「…頑固。」





聞 こ え て い る わ よ ?


ボソリと呟かれたが狭い馬車だ。ラングの言葉は私の耳に入り、私は彼に目を細める。


考え方を曲げないのは父も同じではないか。何故私ばかりが言われねばならないのか。


私の言いたいことが通じたのか否か、ラングはビクリと肩を揺らして手をバタバタと忙しなく動かして「いや!その!リリ様は間違ってはいないんですよ!?居ないんですけどね!?」と言い訳を始める。


その姿に毒気を抜かれ、私は窓へ視線を戻して自分の心情を零した。





「もう、お父様が駄目だと言ったらやめるつもりだったの。私がどう動こうが、伯爵家の当主はお父様なのだもの。」





でも、と言葉を続けるのは、この場にラングしか居ないから。


父が私の声を聞かなかった“あの日”をラングだけが、私と言葉を交わして知っているから。


唯一、“リリルフィア”の感情を知っているから。





「呼んでも応えてもらえないのは、悲しいわ。次にもし、私を呼ばれなかったら…」





ラングの手がピタリと止まる。


それを視界の横に入れながら、私はあと数分すれば着く王宮への道を窓から見続ける。


どれだけ愛し、信じている父でも、私を見なくなったら怖さが蘇る。


他者の名を呼び、縋るように愛でる父。私が呼んでも、応えてもらえない、“あの日”に戻るのだ。





「リリ様…」


「何も言わないお父様に、私から何か言うのが怖いのよ。だから私は何も言わないお父様が私の提案を無視したということにして、独断で動こうと思うの。」


「なんか色々台無しです!!!!」





狭い馬車で叫ぶラングに、口角を上げて笑みを見せる。


ラングは私の揺れているだろう目には何も言わずに、私に笑い返してくれた。



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