[飲み干す赤]
「ぐっ…」
目の前で崩れ落ちるモノをその場にいる者に持ち上げさせ、見物に興じる。
もう何度、目の前のソレを痛めつけただろうか。手に持つ美酒と似た色になっている頬は、原形を思い出すことも難しい。
「なあマルデイッツ、私はなんと言ったかな。」
聞こえるのは耳障りな息だけで、私の言葉に答えることもない。手を挙げソレを下げさせると、今度はまだ見れる見た目をした奴を連れてこさせる。
細い目に貪欲さを持っていたから気に入っていたが、利用できるからと置いていたのにも関わらず分不相応に抵抗するようになったソレ。
「次はお前かな。私はなんと言った。」
腕を片方ずつ掴ませ大人しくしているソレは、静かにその瞳を私へ向ける。
ほら、まただ。
珍しい色の中に揺らめくのは激情か。抵抗こそしないが機を伺うようなその目が、私を苛立たせる。
「“銀だけ取り、金は落とせ”と。」
「ふむ。分かっていて、しないのだな。」
芳醇な香りを楽しみながら、グラスに入れた酒を一口。
私が指示したのは目の前のソレが言った通り、“銀”を得て“金”は討つこと。
四半期ほど前だろうか、原形を無くしたアレが“銀”を得たと話しているのを聞いたから、見たいと言ったのは私だ。アレの手元に来るのを待って、好きな額で貰い受けようという約束もしたというのに、アレが『“銀”は逃げた』と宣った。
「2回。いや、3回だな。」
それは私が温情をかけ、失敗したアレを許した回数。始めはアレが失敗し、それは残念だと思い立った私が少し知恵を与えたが、また同じ失敗をしたのだ。『今度こそ』と言うから、人も貸してやったというのに結果は同じ。
“銀”は私の前には来なかった。
1回目も、2回目も、原形を無くしたアレは“金”が邪魔をしたと言う。
「…ハルバーティア、か。」
綺麗だ何だと持て囃され、分不相応にも尊き方々の目にも止まっていると聞く。
あそこの当主はつまらん奴だったが、女の方はマシだった。マシな女から産まれたのは、とんだ悪鬼だったようだが。
「まあいい。殿下たちのことは噂に聞いて驚いたが、それからの動きを聞こうか。次は手紙だったか。」
私は過去に囚われない。安い見物たちから目を横に向けて、利用するためだけに買った黒い瞳の男を奴見る。
原形を無くしたアレに貸したが、使い方が悪かったのか“銀”を得ず“金”も手出しできずに返ってきた。
ソレは私の声に姿勢を正すと、静かに語る。
「第3王女との接触を確認後、直ちに離れるようマルデイッツ子爵が文書を送りましたが、どうやら近く、王宮へ登城する模様。」
「…ほお?」
「招待は令嬢のみで、非公式の王女との茶会だという情報は入手しました。」
王宮の動きは同じ派閥の者たちを辿れば容易に得られる。手紙を送ったというのに大人しくする様子もないらしい。招待は令嬢のみ、という点で思わず笑いがこみ上げる。
これが笑わずにいられようか。私の楽しみを悉く奪っておきながら、次は私の安寧まで脅かそうとする。
「流石は“悪の子”よ。」
手紙は失敗したようだが、まだ3回目は一応続いている。
次の一手は、もうソレらを使えないかもしれないなと考えながら、私は空になったグラスを通して黒い瞳の男を歪ませる。
立っているだけの男。そうだ。
「一応なりとも身分があるだろう。王宮で散歩でもして来たらいい。」
どうやら“悪の子”は偽善が好きなようだから。
子供に現実を教えるいい機会だ。奔放に産まれを考えず暮らしていたらどうなるのか、偽善が周りにどう影響するのか、その身を持って知ればいい。
知って身を引けば僥倖、そのままでもこの男と王宮で話せばどうなることやら。
それに。
「…もう、あとは無い。」
時間は迫っている。どう転がっても、“悪の子”が王宮に登城した時が最後の好機となろう。
目の前の幻影に騙されて、社交界はハルバーティアに一目置いている状態。
それではいけない。
“メッキ”はメッキ。剥がせばそこには脆く醜い骨があるのみ。私のような地位ある者と血筋を同じくしているなど、断じて認めはしない。
「…紛い物。あれらは、紛い物だ。」
空になったグラスに、酒を注がせる。
赤いそれは我らの中に流れる血のようで、含めば私に相応しい高貴な味と香り。
そう、この酒と一緒だ。畑や育てで品質が変わる。掛け合わせが良いものであればあるほど、良い酒となるのだ。




