異なる色の血
図書館から戻った私は、ネルヴに父と会いたい旨をジャニアに伝えるようお願いした。
「出来れば早急に、そう伝えて頂戴。」
「わかりました。」
私の指示にネルヴは速歩きでジャニアを探しに行く。そのけして走りはしない背を見送ってから自室へ移動し、私は出迎えてから共に部屋に来てくれたリンダへ目を向ける。
彼女は流石というべきか私の表情や雰囲気で何かを察したのだろう。真剣な表情で「何なりと、お申し付けください。」と言った。
「書庫から『シルヴェ史記』と『政務記録』を持ってきて。それと北の隣国、あそこの語学本があったでしょう?あれも。」
「承知致しました。…語学本ですか?」
リンダが首を傾げて聞き返すので、それに頷く。きっと私は既に他国の言語を習得しているため、不思議に思ったのだろう。
語学本は必要で、それは私に対してではない。この場では詳しく言うことを避けたかったので、私は何も言わなかった。
「アルジェント、貴方に一つ、聞きたいことがあるの。」
「はい」
リンダも本を取りに向かったことを確認して、私は部屋の隅にいたアルジェントを見る。私の言葉を受け止めようと、疑問に対して答えようとしている彼に私は問いかけた。
「家に帰りたい?」
“目の前の”彼の出自を、私はまだ知らない。どんな環境で育ち、どんな思いで奴隷となったのか。
真っ直ぐアルジェントを見ていれば、その瞳が揺れているのが分かる。
言葉にするのを待って数分、彼が何かを言うより先にコンコンと扉が叩かれ、入室許可を求められた。
「お入りになって。」
「失礼します。旦那様が…」
「おかえりリリルフィア。」
ネルヴの後ろには、ジャニアではなく話したいと思っていた父本人が立っていた。
私の隣に座り、父は苦く笑う。
それだけで、私の行動と思考はバレていることが容易にわかる。
「何を見てきたの?」
「…手紙の送り主が、誰なのかを。」
私の答えに父は表情を険しくしながらも、驚きを滲ませていた。図書館へ行っていたのは本当なので、その行き先で何故手紙の送り主がわかるのかという驚きがあるのだろう。
けれど、私にとっては重要だったのだ。
「恐らくガーライル伯爵家を騙った送り主は、“聖女”様の生家の縁者ではないでしょうか。」
「聖女様って…テルイス侯爵家に嫁がれた…?」
父の言葉に頷く。
「“白き一族”に関する宗教を生家では信仰していたというような記事を見ました。そして“聖女”様の容姿がその信仰を否定するものであった事も。」
容姿に関しては歴史の部分では語られないものだ。
理由を説明しようとしたら再び扉が叩かれ、次に顔を見せたのはリンダ。手には私の頼んだ通り本が数冊ある。
「ちょうど良かったわ。リンダ、『シルヴェ史記』を。」
すぐに本を差し出してくれたリンダから受け取り、私は目当ての頁を開く。そこには簡潔に“聖女”が嫁いだ当時の様子が綴られており、私はその中でも【美しき夜空の聖女】という記述を示す。
「ガーライル伯爵から“白き一族”のことをお聞きして思ったのです。色を表現する文章として、夜空の色は明らかに暗い色合いを示します。“聖女”様の生家はガーライル伯爵が行かれた場所にも近いですし、“白を尊ぶ”宗教で“黒”に近い色はどう思われるのだろうと。」
ここで何故“聖女”を真っ先に調べたかという疑問があるだろう。それについては私の生まれが関係している。
私の母、そして私の伯父の実家である侯爵家。爵位を言ってしまうとテルイス侯爵家である。
そう、“聖女”と母、そして私は隣国の血を引いていることになるのだ。
「つまり…“メッキ”と書かれているのは、隣国で宗教からは外れた色合いの聖女が嫁いだ家の血筋だから…?」
父の声は低い。
それもそうだろう。娘である私だけでなく妻まで悪感情が含まれていたようなものなのだから。
しかし私は父の言葉に首を振る。
「いいえ、お父様。逆です。」




